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2012年10月10日 (水)

生存権と健康権の関係

ある雑誌の巻頭エッセイを依頼され、今日が締め切りなので書いてみたが、周囲の人に読んでもらっても「理解不能」とされた。

いまのところ、この課題以外に書くことができる題材がないので、しかたなくこのまま投稿することにするが、できればどなたかから助言をもらえたらと思わないではいられない。著者校正で若干改めることができるからである。

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全日本民医連40回総会(2012)が「健康権の実現めざした保健・医療・介護の実践」をスローガンの一つに掲げたことは、孤立死、餓死が続発する今日において生存権保障を軽視することにならないかという疑念を生んだようだ。

そこで、生存権と健康権の歴史を振り返ることで、なぜいま両者を並べて追求することが民医連運動にとって不可欠であるかについて考えてみたい。

  生存権という言葉は憲法25条に付けられた見出しでもあり、自明の用語のように思えるが、その由来は単純ではない。

  1946213日にGHQが日本政府に提示した憲法草案の起草スタッフの中には、ベアテ・シロタ・ゴードンら若いニューディール主義者も含まれていた。彼らにとって飢餓や失業が溢れていた戦後の日本は、1929年の大恐慌のアメリカと重なって見えたに違いないし、日本の戦前の貧困こそ侵略戦争への国民の抵抗能力を奪った根源という認識もあったはずである。草案24条には、大幅に削減されながらも、福祉国家を日本に確立しようという彼らの思いが読み取れる。

しかし、この草案24条は日本の国会審議のなかで、現行憲法の25条第一項を筆頭にする整然とした権利条項に整理された。それは、優れた民間憲法案を作成してきた「憲法研究会」の一員で社会党代議士だった森戸辰男の主張によるもので、森戸の背景には、ドイツ社会政策学、とりわけ福田徳三によって詳しく紹介されたオーストリアの法学者アントン・メンガーの「生存権思想」とその結実である1919年ワイマール憲法151条があり、それによって25条には「生存権」という見出しが付けられたのである。

  したがって、日本の生存権は、ニューディール由来の福祉国家志向と、ドイツの生存権理念が融合して誕生したものということができる。

 ニューディール主義者のめざした福祉国家の源をたどればイギリスのフェビアン社会主義にたどり着くが、フェビアン社会主義の流れの中でイギリス福祉国家の基礎を築いたべヴァリッジ・レポート(1942)が生まれた。これは日本の社会保障審議会「1950年勧告」のモデルとなり、日本の生存権思想はイギリスの福祉国家の影響も強く受けることとなった。

 一方、健康権の直接の起源は1946年のWHO(世界保健機関)憲章にある。その後、1978年の国際人権規約でも「到達しうる最高水準の健康を享受することは基本的人権」だと宣言された。しかし、歴史の教訓はいくら宣言を積み重ねても健康権が達成されることはなく、現実にある健康破壊を取り除く健康戦略こそが不可欠であるという認識だった。そのため、1978年プライマリ・ヘルスケア、1986年ヘルス・プロモーションと健康戦略の変遷を重ねながら、ついに1997年のジャカルタ宣言で「健康の社会的決定要因」のコントロールという新たな健康戦略を提示したことにより健康権の実現への展望を得るに至った。「健康の社会的決定要因」の発見こそが健康戦略を科学にし、健康権を単なる宣言から実現可能な社会目標に変えたのである。民医連が健康権の実現を総会スローガンに掲げるのはそういう背景による。

 さて、健康権と生存権の関連だが、健康権の根源としてベヴァリッジ・レポートを捉えることが鍵になるだろうと思える。同レポートが追放すべき「五つの巨大な悪」とした「窮乏、疾病、失業、無知、不潔」と、健康の社会的決定要因の各項目とはほぼ共通し、「健康の社会的要因」研究の中心のマイケル・マーモットには、アマルティア・センを通じてその影響が色濃く見られるからである。

こうして、生存権と健康権は根源をほぼ同じにしたものが、違う名称と歴史をまといながら、いま民医連運動の中で再び一つに融合しつつあると私は考えている。

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