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2012年10月 1日 (月)

屈辱の日に

10月1日付の赤旗によると、垂直離着陸機MV22オスプレイを海兵隊普天間基地に配備することに反対する自治体決議は全国で106にのぼり、なかでも沖縄県は県議会を含む全42自治体議会が反対の意見書を可決している。

その圧倒的な反対の声を押し切って、岩国基地から飛び立ったオスプレイ6機が普天間基地に着陸した。

ここまで踏みにじられることをこそ屈辱というのである。

この日のことを誰も忘れてはならない。

そんなことを考える一方で、僕は本名・中島美雪という歌手が、おそらくその名を彼女に与えただろう産婦人科医の父親の51歳での死亡を、ほかならない「雪」という題名で歌っている作品をぼんやり聞いていた。父の死を看取ったとき歌手は24歳だったはずだ。

そのとき、同じく24歳だった僕は通常のコースから大きく外れる医師としての一歩を踏み出していた。今となってはそれもけっして希望に彩られた記憶ではありえないのだが。

生きることはそれだけでも辛いことだが、植民地に生きることは何と辛さの増すことだろう。

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