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2012年9月 7日 (金)

夏川草介「神様のカルテ」「神様のカルテ2」「神様のカルテ3」 小学館(2009、2010、2012)

あるところで大阪民医連の前会長の池田信明医師が珍しく若者向きのこの小説をほめていたので、つい気持ちが動いて購入したが、意外に面白くすぐ読んでしまった。

簡単に言うと、夏目漱石のパロディと医療崩壊告発を結びつけたアイデアが光る作品である。

感想を体系的に書く暇がないので箇条書きにしておく。

○夏川草介という作者のペンネームも、夏目漱石、草枕、「門」の宗助などを混ぜ合わせてつけている。

○主人公の栗原一止君の名前の由来は良くわからないが、キャラクターとしては坊ちゃん、あるいは三四郎というところ。

○西日本出身という一止の生育歴、家族歴にほとんど触れられないのは、漱石の生育歴、家族歴が漱石作品を解く鍵として論じられている(たとえば、小森陽一さんの漱石解説)のに関連して、わざと伏せられている。

○メゾン一刻、マカロニホーレン荘、ちゅらさん(TV)、すいか(TV)など、変わった人物が集まるアパートの物語はこれまでも多く描かれていて、一つのジャンルになっている。この作品もその中に分類されるし、模倣も見られる。とくに、すいか、床に穴が開いて階下と会話できるところ。

しかし、この作品の手柄といえるのは、それら奇人アパート物語群の起源が、「吾輩は猫である」の苦沙味宅に出入りする人々の会話にあるということを僕に明らかにしたことである。

ただし、学士殿、男爵といった奇妙なニックネームの多用は僕のように比較的高齢な読者をこの物語から遠ざける役目しかしない。

○本庄病院のモデルが相澤病院なのはすぐに見当がつく。というより、松本市本庄に相澤病院があるので、地名をそのまま病院名に採用しているのである。

このモデル探しの容易さは、長野県の病院といえば佐久総合病院と相場が決まっているので、誤解されないようにしておかなけれならなかったから。

○「こころ」を思わせる三角関係を演じる一止と進藤辰也の関係が同性愛と噂されるのは、「こころ」の「私」と「先生」の関係がそのように描かれていることに由来していると思われる。作者の漱石の読み込みが十分深いことの表れである。

小説で、登場人物の文章力や医学的力量を具体的に示すのは難しい。

「実に名文であった」と表現される文章が実際に提示されてみると、名文だったためしはないのではないか。とくに「民主文学」などに載るアマチュア作品ではそれが著明で、毎月の作品評論で苦情が述べられているのを前に読んだことがある。とんでもない駄文を示しておいて、「さすがに先生らしい名文であった」、と書かれると評者はほとほと困ってしまう、と書かれていた。

この作品でも、「草枕」の文章を名文だとされると僕は白ける。それは実につまらない文章である。お前が書いてみろといわれると困るけど。

また、ある医師の医学的力量の高さを作品中の具体的な症例で示すのも無理である

第3巻の主要な症例である膵臓癌診断においても、腫瘤形成性膵炎を鑑別に挙げるのは相当の昔から当然のことである。腫瘤形成性膵炎のなかに自己免疫性膵炎が多く含まれるのは比較的新しい知見だとしても、IgG4が低いから、腫瘤形成性膵炎でないと考える人はいない。

これが、音楽や絵画の力量だと、素晴らしい演奏、鬼気迫る筆致などと逃げることが容易である。

○一番面白いのは第3巻での、できる医師代表 小幡奈美の以下の発言である。

*奈美は、草枕に出てくる温泉旅館の美人の名前那美に由来しているし、美人振りの描写もおなじようなものである。

P212「医者を舐めてるんじゃない?今の医療って、一か月単位でどんどん進化していく日進月歩の現場なの。一瞬でも気を抜けば、たちまち自分の医療は時代遅れになるわ。それはつまり、患者にとって最善の医療を施せない、ということじゃないかしら。そんな厳しい世界にいながら、亡くなる患者のそばにいることに自己満足を覚えて、貴重な時間と気力と体力を浪費していく医者なんて、私からしてみれば、信じられない偽善者よ」

P214「医者っていう仕事はね、無知であることがすなわち悪なの。私はそういう覚悟で医者をやっているのよ」

これは、多くの医師に影響を振るっている考えであるので僕たちとしてもこれについては明確な答えを用意しておく必要がある。

この小説を読む前に、この部分だけ示されて書いた自分の文章が、読んだ後でも間違っているようには思えないので再録しておく。

≪医学や医療が日進月歩というのは誤った認識、言い古されたクリシエに過ぎない。

歴史上、初めて有効性を獲得した20世紀病院医療でさえ試行錯誤の連続だったし、新しい知見に飛びついたための失敗の山だった。

「自然科学である医学の到達点が誤っていることはなく、その医学の到達点の適用が医療なのだから、

医師が身に着けておくべき医学知識は常に最新のものであることが義務だ」という認識に医師が自縄自縛されることから

「どんな病気も治らなければ納得しない患者や家族」、

「人為的に決めた基準に外れる人を異常と決めつけ、矯正さもなくば排除にかかおうとする社会の形成、すなわち『社会の医療化』」

さえ作りあげ、本当の健康について正しい展望を見失って来たのではないか。≫

○「草枕」だけ取り上げてみても、漱石にあって夏川草介にないものが明らかである。草枕の最後には那美さんの従弟の日露戦争出征をとりあげ、侵略戦争に傾いていく日本への反感と批判が明瞭に描かれている。一止にはその視点はなく、神社参りなどしている。

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