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2012年9月 4日 (火)

君主制の崩壊、病院医療の終焉・・・少し大局的に眺めてみると

1922年に創設された日本共産党は、君主制の廃止を目標に掲げた。

天皇制絶対主義国家の共産党弾圧は苛烈を極め、共産党組織は一時的に消滅する。

しかしそれから、わずか25年後の1947年、日本国憲法施行で天皇は象徴となり、政治的権限をすべて失った。

このとき、日本はもはや君主国家ではなくなり、日本共産党は当然合法性を獲得した。

結局は日本共産党の展望が天皇制絶対主義国家に勝利したのである。歴史上の勝利はまさに見通しの力で決まるので、なにも直接的な実力で勝負することによるのではないだろう。

次は、もっと小さな話、医師の在り方の問題である。

少なくとも日本の医師の半数は総合医・総合診療医として住民の生活に密着した医療を追求しなければならないと僕たちは主張している。

本来中立的な「健康の社会的決定要因」の大半が「健康はく奪の社会的要因」と僕たちの眼に映るほどになっている現在の国民生活の悲惨な状態がそれを要求しているのだ。

しかし、若い医師の多くは、昔ながらに圧倒的に大病院の傘の中で専門医をめざす道の中に生きがいと生活の安定の展望を感じており、その結果僕たちの作った小さな病院は滅亡の危機に瀕しているのだ。

しかし、医師の主観がどうであろうと、病院医療による治療の成功を健康回復と考える時代は必ず終わる。たとえ治らない病気やハンディを抱えたとしてもQOLを不断に前進させようと努力していることそのものを健康回復と考え、医師の活動の焦点をそこに当てる時代への変化は必然である。

前者は人間自ら設定した基準を絶対視して、それによる「異常」「異端」を追放しないではいられないという不寛容のイデオロギーを社会全体に及ぼすもの(「社会を医療化」する逆立ち)に陥っていったのに対し、後者は「異常」「異端」の理解と寛容と包摂と共存を進めるもの(社会による医療の利用への復元)である。

この後者の方向は、ゼロ成長の社会、原発ゼロ・再生可能エネルギーの社会、非営利協同・互酬・贈与の生産物交換に基づくコミュニティを再建する時代、世界共和国樹立への方向と一致している。

その変化にどんな名前をつけてもいいが、世界はすべて後者の方向に進んでいる。

それは、もはや天皇制国家が日本列島に生まれることがないのと同じことでもある。

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