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2012年9月16日 (日)

大事なことは選挙で決める、は本当か・・・選挙は、それに先行し決定されている、不正義な権力関係の再確認、あるいはお墨付きにすぎない

橋下徹が国政政党「日本維新の会」結成を宣言する場面をTVで見た。アルコールで酔っ払っているのか、自己陶酔し切っているのか、奇妙な抑揚をつけた話し方だった。

ここで問題にするのは「国論を二分する様な大事なことは選挙で決めるしかない」と挑戦的に彼が語ったとである。

絶えず、選挙で民意を問え、と言い続けている左派政党は、この言葉自体はまちがいないといわざるをえなかったようである。

しかし、これは、代表する、represent、ということを改めて考えさせるものだった。

橋下徹が道州制や集団的自衛権を主張するのは、彼が結局は真の権力者である財界と米軍の代弁者、representative、にすぎないことを意味している。

*ここで、アメリカと言わず米軍と言っているのは、ホワイトハウスとペンタゴン(すなわち軍産複合体)の方向が必ずしも一致していない現状に基づいている。

そして、マスコミもまた財界と米軍の宣伝機関であり、彼らが、橋下徹の主張を増幅するのは当然である。

その状況下で、選挙で決まったことにしたがわなくてはならないということに道理があるだろうか。

まして、小選挙区制のもたらす議席と民意の乖離作用が極度に激しくなっている状況下である。

選挙と民意ということを改めて考えなければならない.多くの人がいまの選挙では民意を反映することはできないと考えている。

要するに、選挙は、それに先行し決定されている、不正義な権力関係の再確認、お墨付きにすぎないということである。

だから、デモや集会で自らの意思を表現し、選挙があってもなくても先行して存在する権力関係を少しでも正義の方向に変えようとするわけである。

*ナチスに支配された国々では民意の表現方法が詩や歌やレジスタンス行動以外になかった時代がある。今はそれに似ている。

**日本で、詩や歌が力を持つ時代が初めて訪れていることに、詩人や芸術家は気づかなければならない。選挙が決定権を持つのは、その先のことだ。

したがって、選挙だけで物事で決めようといま僕たちが言うのは危険だ。選挙以外の、もっと直接民主主義的な表現方法を大きくすること、磨くことに力を注ぐ必要がある。

議会制民主主義を捨てると言うことではない。

権力にお墨付きを与える選挙と議会という仕組みは変えないで、それに先行する権力関係を正義の方向に変えるということを、「議会制民主主義を蘇生する」と呼ぶことにする。

*まず大衆運動を充実させる、そのことがやがて選挙で勝てる条件づくりにもなるという主張はかって「段階論」と批判されていた。大衆運動と選挙活動を同時にやることが必要だ、と反論しながら、実際には目の前の選挙だけに力を注ぎ負け続けた。稀に選挙に勝つと、なおさら大衆運動の重みは低下した。

**今、デモが盛んに行われ、それが民意を表現しているとすれば、デモに相当する大衆運動に正当な位置づけをしなければならなかったことが、本当に悔やまれるのではないか?

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