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2012年9月18日 (火)

中国発の戦争の予感

会議と集会企画で自由時間の全くなかった木曜から日曜までの4日間の出張だった。

それも少し嘘がある。

金曜は官邸前のデモに行き、国会議事堂前の茱萸坂(ぐみざか)に立ち止まらされて、晴れた夜空を眺めていた。地名から連想した漢方薬の呉茱萸湯(ごしゅゆとう)の呉茱萸とは何なのか、また何に効果のある薬だったのかを考えてもいた。答えは帰ってきて調べなければ分らなった。呉茱萸湯は片頭痛に効果がある薬である。特効薬マクサルトなどの効かない場合にいいらしい。呉茱萸は中国原産で各地で栽培されるミカン科 落葉小高木である。

行事が終わった日曜はブリジストン美術館と東京都立美術館に行った。後者は、行くには行ったが、猛暑の中で1時間以上行列の中に立っていることが耐えられないので途中で帰った。

それから、月曜が病院の日直だった。元気は出ないが、患者さんは来る。ただ平日よりは手空きの時間があり、その時は新聞を読んだ。

中国各地の反日・反中国共産党暴動の記事を読んでいると、柄谷行人が、東アジア地域や南アジア地域内部では帝国でありながら、世界に対しては新興帝国主義国である中国やインドから新しい世界大戦が起こる、と書いていたのがにわかに現実感を持ってきた。そういう事態はアメリカが帝国としてのヘゲモニーを失って、一帝国主義国に転落するという過程の中で起こるのである。

わざわざ混乱を呼ぶ用語法だが、帝国とはある秩序で世界を支配し安定をもたらしている国、帝国主義とは帝国がいない中で帝国をめざして争う国である。したがって帝国の時代とはヘゲモニーを持つ一つの大国がある時代で、帝国主義時代とは群雄割拠の時代である。

柄谷がどうして、このように誤解しやすい術語を使うのかよくわからないが、議論するディレッタントたちの楽しみをもたらして本をたくさん売ろうというのが正解だろう。

それはいいとして、僕はこの予言を信じていなかった。だが、こうした暴動の結果、中国やインドに排外的で国益拡大をひたすら追求する政権が出現すれば、これまでの考えに反して、彼らがかっての日本・ドイツのような侵略国になる可能性が否定できない気がしてきた。

そういうときに、では憲法9条を捨て国防軍を持って戦争しようというのは、まさに憲法9条が想定した事態がきたときにそれを生かさないということになる。そのときこそ、諸国民の叡智たる国連の安全保障システムに依拠しなければならない。

しかし、現在の国連は対シリアの成果をみても、十分に機能しているとは到底言い難い。この機能不全を克服する世界的な運動がいままさに必要で、それは核兵器廃絶運動以上の緊急性を持ったものではないか。そのことにこそ日本のこれまで培ってきた平和運動の底力が発揮されるべきである。

全く私的な心情からいえば小説「チボー家の人々」が急に身近に感じられる。先も長くないので、今ならジャック・チボーのようにふるまえるかもしれない。

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