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2012年8月 5日 (日)

「民医連と健康権」についての私の報告・・・韓国の人道主義実践医師協議会との交流会で

2012年原水爆禁止世界大会ー広島で上記の韓国の医師団体と交流し、多くのテーマを話しあったが、私の担当は、健康権確立の課題に民医連がどのように独自なアプローチをし、いま、世界の潮流から何を学ぼうとしているかを話すことだった。上手にはできたとは到底思えないが、以下に、報告原稿をアップしておきたい。


「今 日、私に与えられたテーマは、民医連と健康権です。
  
簡単に言いますと、民医連が60年の歴史の中で独自に発見して獲得してきた医療理念を見直してみると、世界の医療の進歩ときわめて接近しており、相互に豊かにするという関係があります。世界の医療の趨勢も、民医連の目指す目的も健康権に収斂していると言っていいと思えます。今日はこのことをなるべく簡潔にお話ししたいと思います。

まず、民医連が独自に打ち立てた医療理念は大きく言って二つあります。

一つは、医療観で、「医療は患者・住民と医療従事者の共同の営みである」というものです。

これに対応する世界の医療の進歩は、「患者中心の医療」patient-centered medicine の確立で、その典型はカナダのイアン・マックウイニーの家庭医療学に見られます。

これは医療を六つのコンポーネントからなるとし、中心に「患者ー医師間の共通基盤を形成する」をおくものです。

民医連の医療観ときわめて接近していますが、ここには病院の運営までも視野に入れて、医療従事者と住民協力が病院を成り立たせているということは見落とされているので、民医連の方がやや広く医療を捉えていると思えます。

ただ、今日はこれについてはこの程度触れるだけにしておきます。

民医連が独自に発見した医療理念の二つ目は、「疾病や患者を生活と労働から捉える」です。

これは私たちの日々の医療の中に深く浸透しているものですが、近年、急速に深められている社会疫学と深く一致しているのは驚くほどのものです。

しかし、率直に言うと、私たちの理念の方が直観的で、社会疫学の方が客観的なエビデンスを明らかにしていますので、私たちは急いでこれを摂取し、自分たちの血と肉にしなければならないと考えています。

今日はこの話が中心です。実践の具体例というより、私たちが社会疫学をどう摂取し消化しようとしているかについてのみ語ることになろうかと思います。この次にお会いするときは、たとえば、日本の 40歳以下の糖尿病患者に現れた社会格差の反映について検討された結果を報告できると思いますが、今日はまだ無理な段階です。

社会疫学の中心人物はマイケル・マーモットです。

彼は2010年にイギリス医師会の会長にもなりましたが、祖父は無一文でロンドンに流れてきた東ヨーロッパのユダヤ人でした。父は貧困のためイギリス暮らせないで、さらにオーストラリアに移民し、父母は彼の教育に全力を注いで彼を医師にしたわけです。

マーモットの仕事は、イギリスの公務員の健康の分析でした。公務員の社会背景として得られる指標は、彼らが、管理職、専門職、一般事務、補助職という職階しかないなかで、彼は驚くべきことを発見します。

心筋梗塞死亡を比べてみると、補助職は管理職の 4倍の死亡率になるのですが、喫煙、血圧、コレステロールというよく知られた危険因子を違いを補正しても8割近くは説明できなかったのです。

この説明できない部分こそ、職階のもつ心理ー社会的な効果に他ならないと考えられました。

心筋梗塞でなく、全死亡についても同じことが言えて、このような職階の勾配に死亡率の勾配が一致する現象は、職階の中で人が生きることのもつ効果だということが明らかとなって行きました。

これが決定的に影響ある形になったのが、2003年のWHOヨーロッパ地域事務局から発行された確かな事実ソリッド・ファクツでした。

これは、幼少時の援助不足、劣悪な労働態様、失業、社会的排除、食生活の不良、薬物乱用、公共交通の不備など8個の健康剥奪要因を示し、これが教育、地位、収入などで表現される社会格差の具体的なあらわれとして、人々の健康と命を奪っていることを証明して見せました。

マーモットさんはこれら、健康の剥奪要因の共通点として、自律と、社会参加と社会的サポートの欠如を抽出して、これを社会的な不正義と表現しました。これはアマルティア・センの考えかたによるものです。

これは201o年のWHO本体の健康の社会的決定要因委員会の最終報告に引き継がれ、 不正義が大々的に人を殺しているという記述が現れます。

最終報告は概念的枠組みも示しています。
政治や政策を含む構造的要因と、個人の生活に現れ媒介的要因をわけ、両方に働きかける必要性が示されています。

構造的要因としての政治的参加、社会包摂、発言権の項目で韓国の学歴による著しい死亡率の違い、大学卒と小学卒では死亡率が5倍も違うことが例示されています。

健康の社会的剥奪要因、表現を変えればそのまま社会的決定要因になるわけですが、これは世界での健康権確立のうえで画期的な的な出来事でした。

民医連も、2010年の総会で、健康権の日本社会での確立を自らの課題と規定しました。

ここで明らかにしておかなければならないのは、なぜ健康の社会的決定要因が健康権確立のうえで画期的な役割を持っていると言えるのかということです。

それは健康の社会的決定要因の発見が、健康権にとって、直観的な正しさを超えて 科学的な証拠を与えたからだと言えます。なぜ、健康の社会的決定要因がそういうものとして形成されたかがここで問題となりますが、それは健康戦略という実践の歴史を検討しないと説明できません。

実は、健康権の宣言は、これまで国際社会で何度も行われました。

1946年のWHO憲章、1976年の国際人権規約、2000年の国際規約、それから大韓民国憲法34条、35条、日本国憲法前文、13条、25条と何度も、到達可能な最高水準の健康を享受する権利があると手を変え品を変え宣言が積み重ねられました。

しかし、いくら宣言を積み重ねても、現実に確立するには近づかなかったのです。

それを突破するものが現実にある不正議を取り除く健康戦略だったのです。

その第一段階が、1978年のプライマリ・ヘルス・ケアでしたが、これは開発途上国の感染症対策にとどまりました。開発途上国の政治的民主化を促進しなかったからです。

第2段階は1986年のヘルス・プロモーションでした。必要な視点はこの段階で出揃っていました。

しかし、実際には、個人の健康行動教育のみが重視され、教育に応じて行動変容できない人には自己責任を果たさないという非難が向けられることで終り、ほとんど健康を改善することができないどころかいくつかの重要な健康指標は悪化しました。

これに対して、第3段階として登場したのが、健康の社会的剥奪要因、あるいは、健康の社会的決定要因への直接的なアプローチでした。

科学的な根拠を背景に、WHOの委員会は 3点の提案を行います。
個人の日常生活の改善、
社会的なパワー、資金、資源の不公正の是正、
およびそのモニタリングです。

そして新たな提案として、全ての政策の中に健康の視点を導入し、すべての事業について、健康への影響評価を行うことを主張します。たとえば、高齢者のバス利用の無料から有料に切り替えるという政策が出た時、それは高齢者の社会参加を阻害し、寿命を短くするだろうという影響評価が求められるのです。

もちろん、原発を再稼働する、あらたに新設するというときは、その健康に与える影響は何よりも厳密に検討しなければならないという主張がこの中には含まれます。

これがやや抽象的すぎると思われる方には、アメリカの社会疫学の中心人物になっている日本人、イチロー・カワチが提案するより具体的な3点がわかりやすいと思います。
彼は
幼児の状態の改善、
雇用の安定、
親から子に伝えられる貧困の連鎖を断ち切ること、これは高校教育や大学教育の無償化などより年長な青年対策だとおもいますが
これらを強調しました。

民医連は、これらの提案に学んで、「安心してすみ続けられるまちづくり」「非営利の経済セクターの形成」「新しい福祉国家の展望」という独自の表現によって、日本における健康権の確立を自らの課題としました。

そこで結論ですが、民医連は、健康の社会的剥奪要因、あるいは社会的決定要因へのアプローチを通じて、世界に、そして日本に健康権を確立する運動体だという性格をこうして日々強めつつつある団体だと理解していただいて差し支えない、ということになると思います。

以上で、民医連と健康権というテーマでの私の報告を終ります。」


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