公衆衛生セミナー@大阪大学 イチロー・カワチさん行動経済学講演
7/28-7/30と大阪大学吹田キャンパスのコンベンションセンターで開かれた公衆衛生セミナーに7/28と7/29と参加したので、簡単な記録を作っておきたい。例によって*は私の意見、○が私流の恣意的な要約・説明である。
1:本庄まなみさん「社会階層・社会経済的状況と健康」
*本庄さんは、1986年に関西学院大学経済学部を卒業して、のちにハーバードの公衆衛生大学院で学んで、今では大阪大学で社会疫学の専門家として准教授になっている。リチャード・ウイルキンソンのように経済学畑から公衆衛生の専門家になっていく人が日本でも出現しているのだ。
*これは講義の中ではなく、僕が事前学習していったことだが、2010年にWHO「健康の社会的決定要因委員会(CSDH)」はその概念的枠組みの最終提案をしている。
これは、それを受け入れるにせよ、批判するにせよ、よく学んでおかなければならないものである。
それによるときわめて大きな枠組みからなる「構造的要因としての健康格差の社会的決定要因」というものをまず想定し、それが「媒介要因としての健康の社会的決定要因SDH」を介して、実際の健康格差を発現していると考えられている。
健康格差の社会的決定要因と、健康の社会的決定要因は、紛らわしいが、厳密に区別して理解する必要がある。
前者健康格差の社会的決定要因は、社会経済-政治的背景と、社会経済的地位とに分けられるのだが、後者の中心は社会階層である。
しかし、社会階層は目に見えない。社会階層そのものは測定できないから、社会階層の代わりに使う指標、すなわち代理指標が必要となる。
代表的な代理指標が教育や職業階層や収入である。この3者間では教育が職業を決め、職業が収入を決めるという関係が一般に認められている。
○本庄さんは、ここで階層というものはマルクスのいう階級Classと、ウェバーのいう階層Statusの二つの解釈があり、とりあえずウェバーの階層概念を採用する、とする。
マルクスによれば生産手段の所有・非所有が所属する階級を決めるように、ウェバーによると人生の機会(スキル、能力、援助資源)の有無が階層を決める。
*これはマーモットさんの著書が「ステータス症候群」となっていることからも推測されるように、SDHを研究する人たちには共通している立場なのだろう。
そして人生の機会 LIfe Chanceを決めるものが職業、教育、収入なのである。
○そこで教育歴を階層の社会階層の代理指標とする。教育歴は教育年数か最終学歴で捉えるのがふつうである。
教育歴を代理指標として使うときの長所は、なにより因果の逆転が起こりにくいことである。所属する階層が高いので教育歴が長くなるのが普通で、教育歴が長いから階層が高くなることはあまりない。退職後に念願の大学院に行き科博士号を取ることは多くの人には夢に終わるだろう。
*もちろんマーモットさんのように、教育歴のない両親が一生懸命働いてシドニー大学医学部を出してくれたおかげで、にちに「サー」になってしまう人例外も少なくなないのだが。
○教育歴と死亡リスクは日本でも逆相関がある。中卒の人は高卒の人に比べ男1.16倍、女で1.26倍死亡しやすい。死因となる個別の疾患別にみると相関があるものもないものもある。
男性の糖尿病発症率は大学卒を1とすると中学卒では3.05である。但し、脳卒中にはそういう相関はなく、女性の教育歴は糖尿病でも脳卒中でも解釈不可能な結果となる。
○収入を代理指標とする時の長所は、物理的環境をよりよく表現するところである。
所得は最もよく研究されている指標なのでで本庄さんが取り上げた例のいちいちはここでは省略する。
ただ、女性の主観的不健康感は最高所得を1とすると、最低所得では1.6倍になる。
男性にはそれはない。
○職業階層指標は総合性のある指標である。
男性の糖尿病も高血圧も肉体労働者は、高位の知的労働者と比べると1.7倍、2.2倍という発病率である。
胃癌では、失業者はホワイトカラーの専門職に比べると2.2倍死亡しやすい。
胃癌の進行度を両者間で調整する、すなわち早期癌と進行癌の比率が同じだと仮定して計算し直すと死亡率の差はなくなるということである。そのことは胃癌の生物学的な側面ではホワイトカラーも失業者も同じという当たり前ののことを言っているにすぎない。現実は、ホワイトカラーは早期癌で見つかって救命されているのに、失業者は進行癌出ないとみつからず、診断後はあっという間になくなっているという悲惨な現実を表現しているだけのことである。
◎以上のような検討は進んでいるのだが、まだ社会階層を表現するゴールデンスタンダードとなるものはない。以上の三つを組み合わせて使う以外にないというのが現状である。
○もうひとつ、階層が影響を及ぼしやすい時期への研究も進んでいる。いわゆるライフコースの視点である。とくに幼少期は、階層の影響を強く受ける時期で、幼少期に所属した階層は、全死亡、がん死亡、循環器疾患死亡、呼吸器死亡のいずれにも有意な影響を及ぼした。特に呼吸器死亡は貧困層出身者は富裕層出身者の1.65倍になる。
身長を、幼少時の階層を表す代理指標として使うと、身長の低い人の脳卒中発症リスクは、身長の高い人の1.63倍になる。
2:ケーブル・ノリコさん「ライフコース・アプローチ」
○人生のなかには「critical period」と呼ばれる周囲から影響を受けやすく脆弱な時期がある。幼少期がその代表である。
○一方、人生を通じて影響が蓄積される「risk accumulation」という現象もある。これはそのリスクを受ける頻度が問題になる。
3:藤野義久さん「Health in All Policies and HIA」
○すべての政策を健康への影響という視点で点検し、政策の修正を求めていく
その手段としての健康影響評価
政策の円滑な推進と利害関係者間の協力が期待される
*市民サイドでHIAを引き受けるNPOを作る必要があるのではないかと思った。
と同時に、一開業医もHIAを意識して社会的な発言ができるような方法論が必要だ。
4:イチロー・カワチさん「なぜ行動介入は失敗するのか」
○ホワイトホール・スタディ
よく知られているように職位を4段階に分けると、補助職の冠動脈疾患死亡率は管理職の4倍に達する。リスクファクターの代表格であるコレステロール、喫煙、血圧の寄与割合は、たしかに低位になるほど増えたが、それだけでは説明できない要素が75%くらい残り、それが、心理-社会的効果だと考えられた。
○全死因における職業的勾配を説明する上での健康行動の役割
*ここでは一つの文献が紹介された。帰宅してPubMedで探すと全文が読める。バックグラウンドと結論だけ転載して訳しておこう
PLoS Med 2011 Feb;8(2):e1000419. Epub 2011 Feb 22.
Health Behaviours,socioeconomic status,and mortality:further analyses of the British Whitehall II and the French GAZEL prospective cohorts.
INSERM U1018, Centre for Research in Epidemiology and Population Health, Hôpital Paul Brousse, Villejuif, France. silvia.stringhini@inserm.fr
Abstract
BACKGROUND: Differences in morbidity and mortality between socioeconomic groups constitute one of the most consistent findings of epidemiologic research. However, research on social inequalities in health has yet to provide a comprehensive understanding of the mechanisms underlying this association. In recent analysis, we showed health behaviours, assessed longitudinally over the follow-up, to explain a major proportion of the association of socioeconomic status (SES) with mortality in the British Whitehall II study. However, whether health behaviours are equally important mediators of the SES-mortality association in different cultural settings remains unknown. In the present paper, we examine this issue in Whitehall II and another prospective European cohort, the French GAZEL study.
CONCLUSIONS: Health behaviours were strong predictors of mortality in both cohorts but their association with SES was remarkably different. Thus, health behaviours are likely to be major contributors of socioeconomic differences in health only in contexts with a marked social characterisation of health behaviours. Please see later in the article for the Editors' Summary.
「背景:社会経済階層の間に罹患率、死亡率の格差が存在するということは疫学研究においてもっとも首尾一貫した知見である。しかし、健康の社会的不平等の研究はまだ続き、その結びつきの基礎になっているメカニズムの全体的理解が得られつつある。最近の分析で、追跡期間中の縦断的な解釈を行うと、ホワイトホール研究Ⅱにおける社会経済的状態(SES)と死亡率の結びつきの大きな部分を健康行動が説明できるということを私たちは証明した。しかし、健康行動が他の文化様式のなかでも同じようにSES-死亡率相関の重要な媒介因子であるかどうかはわからないままである。この論文では私たちはホワイトホール研究Ⅱと他の前向きヨーロッパコ―ホート研究であるフランスGAZEL研究でこの問題を検討した。
結論:健康行動は両コ―ホートにおいて死亡率の強力な指標だったが、SESとの結びつきは大いに異なっていた。このように、健康行動は、社会的特性との関連の中で初めて健康における社会経済的格差の主要な一因となるようである。」
○イチロー・カワチがハンドアウト(配布資料)に載せているのは上記の論文の
表4Role of health behaviours used as time-dependent covariates in explaining the association between occupational position and all-cause mortality
「職業上の地位と全死因との関連を説明する上での時間依存性の共変数としての健康行動の役割」である。
Model | Whitehall II | GAZEL | ||
HR (95% CI) | Percent Δ (95% CI)a,b | HR (95% CI) | Percent Δ (95% CI)a,b | |
Model 1c | 1.62 (1.28–2.05) | 1.94 (1.58–2.39) | ||
Model 1+ smoking | 1.39 (1.09–1.75) | 32 (20–62) | 1.89 (1.54–2.32) | 4 (2–8) |
Model 1+ alcohol | 1.52 (1.19–1.93) | 14 (3–37) | 1.85 (1.51–2.28) | 7 (4–11) |
Model 1+ diet | 1.44 (1.13–1.83) | 25 (3–37) | 1.89 (1.54–2.33) | 4 (2–8) |
Model 1+ physical activity | 1.47 (1.16–1.86) | 21 (11–43) | 1.84 (1.50–2.27) | 8 (4–12) |
Fully adjusted modeld | 1.13 (0.88–1.44) | 75 (44–149) | 1.71 (1.39–2.10) | 19 (13–29) |
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コメント
今回の山口県知事選挙、惜しくも飯田氏は敗れましたが、この結果について野田先生の見解をお聞きしたいです。よろしくお願い致します。
投稿: アンソニー | 2012年8月 4日 (土) 04時22分
自民・公明ブロックは前回の32万票から7万票減らし、対抗馬の候補としては11万票から7万票以上増えました。
山口県知事選挙の歴史を変えた善戦でした。
準備期間の短さを考えれば事実じょうの勝利だといってよいでしょう。
飯田候補の、再生エネルギー型の社会を作ることで、大都市から放置されてきた過疎・超高齢化の地方が活性化できるという主張は、もっと県民に浸透していいはずのものでした。
山本新知事は、財界の原発推進の風にのって、すぐに上関原発建設の方向を打ち出すでしょうから、こんごとも山口が日本の政治の焦点になり続けていきます。
投稿: 野田浩夫 | 2012年8月13日 (月) 17時21分