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2012年6月11日 (月)

今日の一言:マイケル・マーモットさん「こうして、私は医学生から大学生になった」

マイケル・マーモットは英国医師会の会長も務める、世界の社会疫学のリーダーである。

シドニー大学のホームページを見ると彼の伝記が載っている。

http://sydney.edu.au/alumni/sam/november2010/michael-marmot.shtml

なぜシドニー大学に?

「ステータス症候群」を読むと、彼の祖父は貧しい東ヨーロッパのユダヤ人で、彼の父を連れてロンドンに移住した話が出てくる。

だから僕はてっきり彼はロンドンで育ったのだと思っていた。

実は、彼が4歳の時、彼の両親は貧しさのため、ロンドンからシドニーに移住するのである。

シドニーで彼は医学部学生になる。両親が必死に学費を稼いでくれたからである。

したがってシドニー大学のホームページでマーモットの伝記が読めるということになるのである。

彼こそシドニー大学医学部が生んだ最大の医学者なのだ。

シドニー大学では、医学部の中間でBScといって、Bachelor of Science理学士 の資格を取るための自由期間が1年ある。彼はそこで薬理学のラボに通うのだが、その隙に文学の講義に出、社会学や政治学を学ぶ学生と親しくなる。

「突然、僕は大学を発見した」

*時代背景を考えるとそこで彼が初めて知ったものはマルクス主義以外には考えられない。

「それまでは一介の医学生にすぎなかったが、そのとき僕は大学生になった」

"Until then,I had been a medical student, but that year ,  I became a university student."

その後シドニーの病院でインターンをしていた時、病院近くにギリシャ移民やイタリア移民のコロニーがあり、彼らが語学上のハンディを抱えて必死に働いているのに報われず、次々病気になる現実を知る。

呼吸器の専門医になるのをやめて、UCバークレー校に行き、最後はロンドン大学に行く。

ここで有名なイギリス公務員を対象にした研究「ホワイトホールスタディ」が完成される。

その成果が、いま、世界中の人々を健康にする強大な戦略の基礎になっている。

貧しい東欧ユダヤ人一家が、ロンドンから、オーストラリアに流れつく中で、世界を救う少年を生んだのだ。

それにしても、

「こうして私は医学生から大学生になった」

という言葉は、すべての医学生、あるいはすべての大学人に贈りたいと思う。

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