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2012年6月27日 (水)

「健康の社会的決定要因SDHと患者中心の医療PCMを結ぶもの」

上記のテーマで大学医学部3年生に特別講義をした。2003年から始めているので、今年でちょうど10回目である。

講義原稿の最初の部分と最後の部分をアップして記録しておこう。

最初の部分

○今日は、最近WHOなどで重視されている「健康の社会的決定要因」というものが、行政職にいる医師にではなく、地域の第一線で働く医師にとってはどのような意味を持つのかをお話ししたいと思います。

それが実は、みなさんが将来地域にある健康課題を発見する鍵になると思われるからです。

○「僕はそれまで一介の医学生に過ぎなかったが、その年、本当の大学生になった」という言葉は後ほど述べるマイケル・マーモットさんが学生時代を回想して言った言葉です。

解剖実習などが始まると、それまで一回の大学生でしかなかったが、ついに医学生になった、と多くの人は思うのでしょうが、そういう感慨は実はつまらない。学生であることの醍醐味は別のところにある、ということを、みなさんが感じる手がかりの一つに今日の講義もなれればよいがと思っている次第です。

○健康の社会的決定要因はSDHと略しますが、まずその発見の話です。

2007年にマイケル・マーモットさんが書いた「ステータス症候群」という本が日本語に訳されて出版されました。私にとってはこの本がSDHを理解するきっかけになりました。少し分かりにくい題です。

私がずっとこの本を持って歩いていたので、題名を見た人たちからは「ステータスを欲しがるという心理的な病気のことですか」と聞かれました。人によっては「先生はそういう病気なのですね、そんなに地位が大事なのですか」とまで言いました。むろんそうではありません。副題に「社会格差という病」とあるように、「ステータス症候群」に冒されているのは、この社会なのです。

「所得、教育、職業階層などからなる社会経済的地位の勾配に健康の勾配が従ってしまうことは病的だ」と考えてマーモットさんはそういう診断を下しました。

もう一つ、生活習慣病という概念に対抗して、「社会経済的な格差によって生じる疾患の総称」という意味づけもできそうです。そういう二つの意味にとれる題名です。

○この本の問題意識は以下のようにも表現できます。

ケンジントン&チェルシー王立区人口17万人はロンドンの中心部にあって、ロンドンでも最も裕福な地域です。一方そこから16Kmしか離れていないロンドン北部のトッテナムは201186日黒人男性が警察官に射殺されたことをきっかけに大規模な暴動がおこったような最も貧しい街です。この二つの地区の平均寿命を比べると88歳と71歳で、17歳も違う。同じ町の中でこれほどの差があることが許されるだろうか?

○マーモットさんはこの写真のような人です。2006年の日本公衆衛生学会総会で記念講演しています。今年は山口大学の原田教授が会長で同じ総会が山口で開かれますが、マーモットさんは来ないのでしょうね。来ますか?

○健康の平等のため一生をささげているような人ですが、皮肉なことに2000年にはサーの称号をもらい、2010年にはイギリス医師会の会長になっています。

○マーモットさんの個人的背景をいくつかの文献で読み取ると、おじいさんは東ヨーロッパのユダヤ人で、無一文で妻と二人の子どもを連れてロンドンのイーストエンドのスラムに移住してきています。次男がマーモットさんのお父さんです。

そこで5人の男の子を含む7人の子どもが生まれますが、おじいさんは割と早く亡くなります。その後おばあさんがなくなったとき、マーモットさんのおじさん、おばさんがみんな揃うときがあったのですが、おじさんたちは見事に若い順に背が高かった。ただし、一番下のおじさんだけは、生まれる6週間前に父親がなくなり、一家が再び貧困のどん底に落ちるという経緯のため背が低かったのです。マーモットさんは、社会的環境がおじさんたちの身長に反映していることを印象深く語っています。

○マーモットさん一家の貧困は改善せず、彼が4歳の時ロンドンからオーストラリアに移住します。両親ともほとんど教育を受けていなかったので、二人はマーモットさんを教育することに全力を挙げます。

マーモットさんはそのおかげもあってシドニー大学の医学部に入ります。その4年間が終わった時、その大学の制度で1年間、医学を離れて自由な期間BScが与えられます。このとき英文学の講義を聞き、社会学部や政治学部の学生と友達になります。その年、「僕は医学生から本当の大学生になった」と彼は言っていますが、時代背景を考えると文学以外はおそらくマルクス主義を知ったということだろうと思います。この時代、マルクス主義を知ることが世界に目を開くきっかけでした。

若い人の視野をパッと開かせる思想って今は何なのでしょうか。若い人の動向に僕は疎いのですが、柄谷行人や小熊英二や東広紀(あずまひろき)でしょうか?

それはともかくとして、研修病院の近くにあった貧しいイタリア人やギリシャ人移住者の生活に触れる中で、彼は臨床医の道を捨てて、公衆衛生を専門に選び、カリフォルニアを経てロンドンに帰ってきます。

○ロンドンでの仕事で彼が注目されたのはホワイト・ホールスタディです。日本の霞が関に相当する中央官庁の様々な職種の人の心臓病発生率を25年間追跡して、驚くべき事実を発見します。ただし、この業績はサッチャー時代には無視されて、そのあとの労働党ブレア政権の時正当な評価を受けたのでした。そもそもサッチャーという人は貧しい生まれから首相に成りあがっていった人なので、個人の努力こそがすべてと考える人で、「この世にはお互い助け合う社会などない、あるのは競争する個人だけだ」と公言していた人だったからです。

○ホワイトホール・スタディは、公務員の位を4段階に分けると最も位の低い人は現役時代は、一番偉い人の4倍、退職後は2倍多く死ぬというものでした。

○さらにこれはホワイト・ホールの公務員だけでなく、イギリス全体の労働者に見られる傾向だということも分かりました。

○おなじころ、イギリスだけでなく、アメリカでも、所得と死亡率の相関が見事に証明されていました。絶対的貧困というのは12ドル未満、年間でいえば700ドルくらいで暮らすことを言うのですが、世帯所得が1万ドルを超えていても、社会の最下層に属する人たちは、最上層の3倍も死亡しやすかったのです。。

○これまでの常識では、ある程度GDPが増えると平均寿命はプラトーに達し、寿命の問題は先進国にはないと信じられていたのですが、国内的には冒頭に言ったように大きな寿命の差、健康の差のあることが、しかもそれが次第に広がっているのではないかということが分かってきたのです。

○その人の社会的な状態がその人の健康を決めているというのがこれらのことから言えることです。

○そのときより具体的にその状態とは何によって表現されるのかということが問題になります。所得や地位というのがその代表のように思えますが、それだけではないことが明らかです。たとえば同じ所得があっても、障害がある人とない人ではできることが違うし、また、同じ地位にいても、家がお金持ちで楽々とそれを手に入れた人と、苦労に苦労を重ねてそこに至った人の健康は違うと思えます。したがって、所得と地位はむしろ表面的な指標にすぎないかもしれません。健康を決定する社会的要因をより広く、より深く探っていくという作業がさらに必要となります。

○しかし、なぜ健康格差があってはならない、誰しも平等に健康でなくてはならないと考えて行動するのか、それは何のためなのかということが、その前に問われなければなりません。

その理由を理解するには、第2次大戦後の歴史のなかで生まれてきた基本的人権としての「健康権」と、その実現方法としての健康戦略、具体的にはプライマリ・ヘルス・ケアとヘルスプロモーションを知る必要があります。

まず、基本的人権としての健康権は、ドイツ・イタリア・日本によって引き起こされたファシズムによる侵略戦争に現れた人権蹂躙に対する民主主義の戦いの過程で確立してきたものです。人権蹂躙という意味では、旧ソ連も否定すべき対象として今では上げなくてはならないでしょう。最終的にはそうなりませんでしたが、日独伊三国同盟にソ連を加えて四国同盟であろうとスターリンが一時は決意したことが明らかにされているからです。

その流れを代表するものとして終戦の翌年の1946年にはWHO憲章がすでに、差別なく最高水準の健康に恵まれることは基本的人権だと宣言します。

○しかし、健康権の実現はなかなか進まず、国際人権規約委員会は、2000年になって、なお「健康は他の人権の行使にとって不可欠の基礎的な人権」だと改めて宣言しなくてはなりませんでした。

○これだけではなく、国際機関は健康権が基本的人権であることを度々重ねて表明してきました。

○しかし、宣言をいくら積み重ねても健康権は実現しません。それにはそのための健康戦略を持った実践が必要だったのです。

○この考えは、1997年のノーベル経済学受賞者である経済学者・哲学者のアマルティア・センによって代表されるものです。インド出身でイギリスとアメリカで活躍しているアマルティア・センこそ、健康戦略を推進する人々のバックボーンになった人物でした。

○もうひとり、ジョン・ロールズという正義論を論じたアメリカの大哲学者がいて、彼こそが健康の平等は正義の問題だということをまず世界に示した人です。言ってみればロールズが健康権の宣言を深め、センが健康戦略を推進したという関係にあります。センはロールズの方向を批判しますが、ロールズはそれを受け入れ、この二人によって、正義と健康の関連が明らかにされ、世界の健康権と健康戦略が深まっていったといえます。

○そこで、最初の健康戦略は、1978年、旧ソ連で開かれた会議で打ち立てられたプライマリ・ヘルス・ケアでした。

最後の部分

<○日常診療へのSDHの活用は二つあります。 一つは患者中心の医療の実践が、SDHの理解でより深まるということです。 「患者中心の医療」PCM}というのは固有名詞だと思ってください。単純に、患者さんを大切にするという意味ではありません。カナダのマックウイニーという人が提唱し始めて、臨床のあり方を大きく変えて行こうとしている潮流です。 ◯その特徴は患者と医師が共通基盤を形成することを目標に、診療行為を六つのコンポーネントに分けて考えるところにあります。 SDHはそのうち、患者を全体的に捉えるというコンポーネントと、患者の健康度を強化するというコンポーネントでとくに有効です。 ◯すなわちこの2項目は、患者に接し始めるときと、ケアを続けるときに極めて重要になるのですが、そのいずれもSDHを用いて、より理解が進みます。 ◯次に、臨床現場での意思決定、それは常に倫理的な判断を含むものですが、その方法として知られているのが、ジャンセンの4分割表です。日本では、佐賀の三瀬村にいた白濱雅司先生がその紹介者として知られ、山口大学の非常勤講師としても教えられていましたが、残念ながら若くしてなくなられました。 私はこの4分割を、実際は3分割として使い、そこで得た仮の結論をQOLを判定基準として使うようにしていきます。 このQOLとは何かというところでSDHが生きて来ます。 ◯QOLはよく使われている言葉ですが、極めて曖昧に使われています。 ただ生きているのではなく、人間らしく豊かに生きている程度を表現する言葉がQOLです。 しかし、何によってQOLを測定するかはこれまではっきりしませんでした。「その人らしさと」か、満足とか主観的な言葉で、発言する人がそれぞれの意味合いで使って来ただけだと思います。 しかし、いったんSDHという概念が明確になると、それがQOLを構成するコンポーネントだと分かります。すなわち、子ども時代の援助、雇用の安定、労働の自由さ、社会的サポート、貧困や差別からの自由、良質な食事や住まい、便利な公共交通、薬物やアルコールに頼る必要のない精神生活の安定などがQOLを構成しているのです。 したがってQOLの本質を抽象的に言うと自律と社会参加と周囲からの援助ということになるのも当然です。 そうやって検討したQOLが向上するかどうかで倫理的な意味合いを含む、臨床的ないしけっていをすすめていくことができます。 ◯QOLについて、SDHをコンポーネントとして考えていくという話にひろがったところで、 今後の医療の展望について簡単に触れて今日のお話を締めくくりたいと思います。 一言でいえば、潮目は変わっているということです。 私たちが当然と思っている、病院が医療の主役と言う状態は、実は20世紀の特殊な現象です。もちろん、今後も病院医療は内発的に発展し続けるし、医師の生きがいではありえます。しかし、21世紀も医療の中心に病院が座り続けると思うのは誤りです。21世紀は地域、すなわち自宅をベースに医療・介護・福祉が包括的に結びついて人間をにケアしていくのが主流の世紀になります。そのときの目標は、病気が治ることではなく、QOLが改善されるということになります。 それは一橋大学の若い社会学者猪飼周平が「病院の世紀の理論」有斐閣2010 で主張し注目を浴びたことでもあります。 猪飼周平氏と産業医大の松田晋哉先生の「週刊医学界新聞」での対談がネットで簡単に読めるのでぜひ読んでもらいたいと思います。 医療の目的が、他の分野と協力してQOLを改善するということになれば、日常診療の役割自体が変わって来ます。 そこから、青森浅虫温泉の「浅めし食堂」を作るということが医師の仕事になったりもします。 そうなる実はマクロとミクロの違いもない、二つは地続きで連続していることがわかります。 ○話の結論ですが、患者の生活全体を支えることが医師の仕事であり、そのときSDHは極めて有効な視点を私たちに与えてくれる、ということです。 ◯ところで、産業医大の松田晋哉先生は、福島第一原発で原発労働者の健康管理を続けています。 福島第一原発の事故の全容解明できないまま、大飯原発を再起動するのは、国民の健康を守る医師の立場からは決して容認できないことです。 そのことの象徴として紫陽花の花を掲げてお話を終わります。お分かりなる方はわかっていただけると思います。 ご静聴ありがとうございました。 p>

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