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2012年6月17日 (日)

21世紀の診療所は、「健康の社会的決定要因」を指針として地域のQOLを向上させる主役になることができる

全日本民医連での役割として、新たに診療所問題の担当が与えられた。
現金なもので、担当に着くと、その問題が決定的に重要だという議論を起こしたくなる。

猪飼周平「病院の世紀の理論」有斐閣2010 にも書かれていたことだが、病院が医療の主役と言うのは、20世紀の特殊な現象である。

診療所ばかりだった民医連も、病院医療の実力に注目して、診療所群のセンターとなる病院建設に奔走した。

もちろん、今後も病院医療は内発的に発展し続けるし、医師の生きがいではありうる。しかし、21世紀も医療の中心に病院が座り続けると思うのは誤りである。

民医連の医療事業もセンター病院の医療を守ることに汲汲として内部にばかり目を向けていると20世紀の遺物となること請け合いである。

21世紀の医療の中心はより診療所にシフトする。正確にいえば、中小病院と診療所と在宅ケア組織のネットワークである。

そのネットワークの理念はQOLの充実に他ならない。ただ生きているのではなく、人間らしく豊かに生きている程度を表現する言葉がQOLだが、それを測定する項目が、WHOが提唱している健康の社会的決定要因SDH各項目なのである。すなわち、子ども時代の援助、雇用の安定、労働の自由さ、社会的サポート、貧困や差別からの自由、良質な食事や住まい、便利な公共交通、薬物やアルコールに頼る必要のない精神生活の安定などである。

SDHは表現を反対に変えると、健康の社会的剥奪要因ともなる。健康の社会的剥奪要因にさらされないことこそ「健康権」の実体である。

診療所は、地域住民のQOLを向上させる主役になることができる。

そのときの手引き、あるいは指針がSDHである。

病気を診療するだけでは足りない。病気になったこの人を病気にした健康の社会的剥奪要因は何か、病気に悩みながらそれでもこの人を社会に結びつけている社会的健康強化要因は何かを見抜いてそれぞれに対処することこそが診療所の仕事のコア部分でなくてはならない。

小型の病院を目指す方針ではそれはできないだろう。そう言う意味では、自己の存在意義の認識について大胆なパラダイムシフトが必要なのである。これがわからない人は診療所にいても仕方が無いとさえ言えるだろう。

元来、医療は往診が原型であり、医師自宅での宅診や病院はのちの姿である。そういう意味では、否定の否定の法則、あるいはらせん形の発展様式を通して、医療が原型に近い形に戻ることで一段と高いものになろうとしているのである。

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