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2012年5月 5日 (土)

柄谷行人「<世界史の構造>のなかの中国 帝国主義と帝国」雑誌atプラス11、2012年2月 太田出版

帝国と帝国主義とが全く違う概念であることは理解しにくくて、柄谷を読むうえでつまづく原因になってきたと思われる。

たとえば、戦前の日本は「帝国」と名乗ったが 、「帝国」ではなく「帝国主義」だった、と言われて誰が理解するだろう。

それをようやくはっきり区別した文章がこれである。 赤字は僕の感想である。

○帝国は、ローマ帝国が国内にローマ法を徹底したように哲学 ・法律・宗教などの一定のルールで多民族を統一したもの。

○帝国主義国は、国民国家が資本の論理で膨張し、他民族を支配するもの。複数の帝国主義国の中で群を抜いて力が大きくなったものはヘゲモニー国家と呼ぶ。これまでオランダ、イギリス、アメリカがヘゲモニー国家の役割を果たした。今は本当のヘゲモニー国家はない。

○帝国主義国が帝国になることはない。一方、帝国が帝国主義化することはある。

○アメリカは帝国ではなく、ヘゲモニー国家から没落した一帝国主義国である。湾岸戦争の時、アメリカが国連決議を尊重するふりをしたことから、ネグリはアメリカがローマ帝国のように国際法によって世界の民族を統一する帝国になったと言い、アメリカは喜んだが、この時、柄谷はネグリを嘲笑した。ネグリが間違っていたことはその後のイラク戦争でのアメリカ単独行動で証明された。

○しかし、EUのように国民国家が集合し統一されて新たな帝国をつくることはある。(この部分は、柄谷が最近になってEUもドイツ・フランスが合同して他国を支配する帝国主義国連合に過ぎないと発言していることと矛盾するようだが、直後に述べるように、その後の変化があるとされているので整合性はある。ともかく、帝国主義国化する以前の帝国としてのEUを日本共産党が呼ぶようにルールある資本主義、あるいはルールある経済社会と呼ぶことも不可能ではない。)

○帝国は元来そのように一時的にでも平和と安定と繁栄を作り出すものなのだが、世界資本システムの中に組み込まれてアメリカ、日本などとの競争に巻き込まれれば、EUという帝国も新たな帝国主義国に生まれ変わる。

○そのような可能性のある帝国は、中国、ロシア、インド、イスラム圏にも出現する可能性がある。いずれも古い帝国群であり、その再現と捉えることが出来る。

中国は秦は別にして漢以降は帝国で、毛沢東時代も今も帝国である。ロシアも第一次大戦で敗れて帝国が消滅しようとしたところが、ソ連の出現に救われて帝国として存続し、ソ連解体後も規模を縮小してなお帝国であり続けている。インドは言及なし。イスラム圏にかってのような大きな領土を持つ帝国が成立するかどうかはまだ不明だが、イスラムという統一したルールのあることは帝国成立の有力な資源となる。これらの帝国が資本主義競争の中で帝国主義化することは新たな世界戦争の原因となるものである。

○これらの復活した旧帝国が完全に資本主義化すれば、資本主義には収奪すべき外部がもはやなくなり、帝国群は一斉に激しく競争する帝国主義国化し、日米を交えて経済秩序再編成のために戦争が起こる可能性は極めて高い。

20世紀の世界戦争は、帝国主義国同士による、収奪可能な資本主義外部を獲得するための領土獲得戦争だったが、21世紀の世界戦争は純粋にヘゲモニーを争う、より残酷な戦争になるだろう。

○戦争が起これば、その後に高度な新国際連合が樹立されることで人類は生き延びるだろう。それが出来なければ破滅する。

○また、反戦運動が成功して、世界戦争を食い止められるなら、その反戦運動を母体に高度な国際連合が作られるだろう。

○結局、世界戦争が起こる場合も、世界戦争を食い止めることができた場合も、国際連合が発展して世界共和国にむけて一歩進むことは、いずれにおいても生じる。これは人類が生き延びるための歴史の必然である。

○世界はカントが展望した「世界連邦」「世界共和国」に向かっているのである。

さて、この雑誌の特集テーマが中国であることから、文章全体の主題は、中国が極めて特異な歴史をもち、漢の時代から帝国であり続けていることを解明しようとしている。そのルールは儒教だとされる。

中国がこの先変わるとしても、儒教帝国・中国の姿は維持されて、多くの国民国家に別れることはないというのが著者の予想である。

中国史の専門家の意見は収録されていない。

そこは柄谷の意見として聞きおくとして、チベット問題でどうしても柄谷の意見が理解できない部分がある。

「チベット人、ウイグル人を優遇したため漢族が逆差別され、チベット・ウイグル問題が生じた」と言っているのは、なぜなのだろう。

チベット独立を要求しているのはチベットに住む漢族なのか?柄谷自身の混乱としか思えない。

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