民主主義に向かう政治的インセンティブだけが飢饉を防止する・・・アマルティア・セン「正義のアイデア」明石書店2011から
「正義のアイデア」はとても一気には読めない本である。2011年11月出版後、東大の川本隆史氏がすぐに書評でほめていたので、いそいで購入して読み始めて、まだ読み終わらない。
こういう本と付き合っていると気持ちが暗くなって精神衛生上良くないのだが、読み進めていくうちに、必ず読み終えておかなくてはならない本だと分かってきたので、仕方なく読んでいるのである。
今日は久々に、ある部分のメモを作っておくことにした。
○485ページ 歴史上記録に残る最大の飢饉は1958年から61年中国でおこったもので、死者は3000万人と推計されている。
これは毛沢東による大躍進政策の結果だった。これだけの死者を生みながら、毛沢東は刑事罰に問われもせず、まして処刑もされず、国家主席を辞任したにとどまり、間もなく文化大革命で復権した。
○飢饉の酬いは民衆だけが負うのであって、政府が負うのではない。飢饉にさらされる人口の割合は小さく、犠牲者が反政府運動を起こしても政府は安泰である。
○飢饉は現代は軍事独裁国家における現象である。スターリン治下のソ連、毛沢東治下の中国、ポル・ポト治下のカンボジア、エチオピア、ソマリア、北朝鮮がその典型である。
○北朝鮮に民主主義が高揚しない限り、いくら経済援助をしても、飢饉防止にはならない。
○飢饉を防ぐのは、富を約束する経済的インセンティブでなく、民主主義を約束する政治的インセンティブである。
飢饉に苦しむ人の直接的抗議は軍事独裁政府にとって痛くも痒くもないが、力を持った議会が飢饉について討議し、マスメディアが飢饉を取り上げて公共的討議が始まると事態は一変するというのがそのことである。
○公共的討議の中で、人々はお互いの窮状に関心を持ち、他人の生活をもっとよく理解するようになる。
○民主主義か、開発独裁による発展か、という二者択一は1970年代のアジア諸国に投げかけられた問題であった。
しかしここには「発展」に関する認識の偏りがあり、設問そのもが間違っていた。民主主義に支えられない、あるいは民主主義に対するインセンティブを国民に喚起することのない発展などありえなかったのである。
経済的発展という側面だけをみても、民主主義という目標がなければ、増えた公的収入が人々の幸福のために使われることがないからである。
○飢饉だけに関わらず、人間を脅かすものに対する安全保障の装置の最大のものは民主主義だ。
○このことに最も良く気付いたのは韓国である。1980年代までの高度成長期、韓国の人々は民主主義の重要性に気付かなかった。1990年代の経済危機の中で、人々は突然に自分たちが民主主義と政治的権利を絶望的なほど奪われているのを認識した。以後、民主主義が韓国の中心課題になり、民主化に向けて韓国は邁進し始めた。
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