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2012年5月10日 (木)

「基本的人権は公理だ」と簡単に言ってはならない・・・アマルティア・セン「正義のアイデア」明石書店、2011年

赤字は僕の感想である。

503ページ :人が人であるという理由だけで持っている基本的人権が存在するという考えはさまざまな憲法や国際的宣言で繰り返し述べられ、岐阜大学の竹内も、都留文科大学の後藤も、慶応大学の印南も、もはや証明する必要のない公理だと見なしている。

しかし、センはジェレミー・ベンサムがそれを嘲笑したことを取り上げ、決して上記のように考えてはならないことを強調している。

功利主義者ベンサムに対する反論は、彼があらゆるものの倫理的価値を否定したのではなく、「効用」の価値については無条件に認めていることが、私たちが無条件に基本的人権があるとすることと論理的に等価であることを衝けば簡単であるが、私たちがそれで満足してはならないのは当然である。

基本的人権と抽象的に言わず「本当に幸福は重要ではないのか」「自律や自由は本当に不要なのか」「健康は全ての人に等しく必要なものではないのか」と具体的に一つ一つ問うていけば、おそらく全てが反論不可能だと証明できるだろう。基本的人権の存在はそのようにして、最終的には証明されるだろう。

だとしても、やはり、別の方向からの基本的人権に反対する主張は残るのである。

それは、制度として確立すること、あるいは実行することが不可能なものは人権ではないという主張である。

この制度化できないもの、実行できないものは権利ではないという反論は確かに強力である。

しかし、カントが「構成的理念」と「統整的理念」を区別したように、本当に大切なのは、決して実現しないことを継続的に追求する統整的理念の立場である。

その立場を貫くには、「公共的討議」を持続することが必要であり、そこで得られるのは「公共的理念に関する合意」の限りない深まりというものである。

その合意の理由・根拠は一つではなく複数あるのが普通であり、それはある意味、理念の不完全性を意味するが、それが合意の価値を減じるものでは一切ない。

それは、カントが説くように、人間や社会の義務には「完全義務」と「不完全義務」の区別がありながら、重要性において両者に差がない、むしろ、自由な人間にとって不完全義務を果たすことの方が倫理的に重いというのと同じである。(例を挙げるなら「人を殺してはならない」が「完全義務」で、「殺されようとしている人を一命を賭して救助する」が「不完全義務」である)

この様にして、基本的人権の存在をその不完全さを自覚しながら公共的な合意に達するように常に努力すべきであって、一方的に、公理だと断言してしまわないことが必要である。

正義も基本的人権も、誰かの思考の中で演繹的になされる証明ではなく、公共的な推論によって達する歴史的合意なのである。ロールズの社会契約論的正義も、センの社会選択的なアプローチもそのような性格では共通する。

結局は人々の意見の一致が『理念』となり、人権の根拠となるである。社会の多くの人が、お互いの人権を守ろうという意思を示す時そこに人権が生まれる。これは障害者の人権の確立を考えると容易にわかることである。

そういう合意がかならず可能だと主張するより深部の根拠としては、鈴木 茂や 尾関周二のいう、「労働と言語という人間の進化上の本質から形成された『人間の生得的な社会的共同性』」が想定されるが、この次元はいまだ神秘論の段階を抜け出せない。せいぜい、マルクスの片言隻語がそれを暗示している、といえるレベルである。

また、この合意過程においては、理念を信じて孤高を貫くことや「一人わが道を行く」ということは短期的な一局面でしかありえない。ただ、その短期は、一人の人間にとっては全人生かもしれないが。

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