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2012年4月 2日 (月)

目に見えぬ一本の細い棒になって地上に突き刺さっている僕の心

ごくありふれた銀河系の端の方に位置する、ごくありふれた恒星の周りを回る小さな惑星の表面に寄生している生物の一個体が生きようと死のうと何の意味もない。物質代謝の極小な変化に過ぎない。何も変わらないのだ。人類が生存し続けようと絶滅しようと地球にも太陽系にも無関係だ。「地球にやさしい経済」なんてまったく無意味な言葉である。

だが、そのような、観察者の立場から独立した見方がいつも正しいとは限らない。

4月のまだ寒い風と強い日差し、咲く前の桜の枝のかすかな色づき、遠くに見える白い滝の光が、その死のあとも何も変わらず残っていることを悲しむ心は否定することもできず、そこにある。

加藤周一さんは、最後に出演した映画のなかで言っていた。

宇宙のなかで限りなく微小な男のあるいは人間の心が、全宇宙に意味を与えるのだ。

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