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2012年4月12日 (木)

生きている意味は時間の長さでは決まらない

高校中退頃から30年以上自室に閉じこもりきりだった50歳前の男性。

一見青年に見える外見をしていたが、1カ月以上発熱が続き、何も食べなくなったということで、二人暮らししていた母親と親戚の伯父さんに抱えられて受診した。

両肺に広がる肺炎で、高度の栄養障害もあったので、治癒までずいぶん時間がかかった。

入院中、精神科に紹介すると、間隔を置きながら何度か自殺を試みていたことが分かった。

それでも退院は可能になって、しばらく外来通院してもらったが、再発の傾向もなかったので、診察終了することにした。

同時に精神科も終診ということになった。

それから1ヶ月くらいして、発熱して受診した。念のためもう一回入院としたが、今回は改善が早くてすぐに退院となった。

しかし、そのころ頻発した要介護者を含んだ世帯ぐるみの孤独死例に教えられて、定期的に受診してもらうようにした。高齢の母と障害のある子の組み合わせはもっとも世帯ぐるみの孤独死を起こしやすいと思えたからである。

胸部レントゲン上に肺炎後の器質化陰影が残っていたのが受診してもらう口実というか、理由となった。

だが二回目の定期受診から数日後、警察から病院に電話があり、自宅で亡くなっているので最終受診日と病名を教えてほしいということだった。ちょうど僕は出張していたので代理で誰かが答え、その場はそれで終わった。

出張から帰ってその報告を聞いて絶句した。

どう考えても病死ではありえなかった。

確認すると、やはり自殺だった。

今日、看護師さんに母親を訪問してもらった。その報告もまた僕を考え込ませるものだった。

「入院して、病院の職員や同室の患者に交わった影響と思うが、一度目の退院以降は閉じこもりが少なくなって、階下に降りて母親と一緒に食事をするようになった。

『煮込みがおいしい』などと初めて話してくれるようになった。

30数年ぶりに子どもの心が見えるようになった幸せな数か月だった」

と母親は言ったというのだ。

自分を責めても仕方がないので、その数か月の中にこの人の人生がある意味で成就したと僕は思うことにした。

ただ、母親との交流がかりそめにも回復してみると、もう取り返せない30年間がどのような寂しさで彼の胸に広がって見えたかを思うとその先はもう考えられなくなる。

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