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2012年4月 3日 (火)

Maria Farantouriの「Mera Magiou」を聴きながら

20歳のころはメルセデス・ソーサの歌をよく聞いていたが、しばらく聞くことがなくなった。ほとんどの歌を何度も聞いてついに飽きてしまったというところもある。

最近、似たような歌声の歌手に魅かれるようになった。

それが、マリア・ファランドーリである。

ナナ・ムスクーリと同じギリシャの歌手で、歌う曲も重なる部分があるが、肌触りが全く違う。ごつごつした農民の手に似たような歌声の歌手である。

軍事独裁政権と闘い解放された日に夜のスタジアムに人々が集まり、ミキス・テオドラキスの曲を彼の指揮でマリア・ファランドーリが歌うシーンはyoutubeでも見ることが出来るが、iTuneを探せば何枚もアルバムを見つけることが出来る。

今日は、そのうちの1曲を何度か繰り返し聞いている。

警官隊に襲われた労働者デモの死者をその母親が悼む歌である。

*マリア・ファランドーリは1947年アテネ生まれのコントラアルト=女性の最低音域で歌う歌手でもあり政治活動家でもある。1967年から1974年の間、クーデターを起こした軍事政権から逃れて亡命していた。人権の賛歌というべき歌を多く歌う。1989年から1993年までは全ギリシャ社会主義運動から立候補して国会議員もしていた。

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