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2012年4月13日 (金)

4月12日のみのもんた氏と、13日の湯浅 誠君

昨日の朝、出勤の準備をしながらTVを見ていると、みのもんた氏があのデタラメな話法で東大地震研究所の教授をしどろもどろにさせていた。

以下は僕の記憶に基づく恣意的な再現である。文字通りの言葉は全然違うだろうが、論理はこういう風に進んだ。

まず一昨日のスマトラ沖の地震が、日本にどう関係するかと言うことをみのもんた氏は聞きかじりの用語を多用しながら質問した。
プレートが全く違うのだから影響はないと教授は答えたが、みのもんた氏が言いたかったのは、ここ数年連続してインドネシア近海で大地震が続いているのと同じことが日本にも言えるのかどうか知りたいと言うことだった。

それなら、類似のことは日本でも言えるだろう。東日本沖の大地震が東南海大地震に確実に連動するだろうという答えを彼は引き出した。数十年は危険な状態が続く、ということになった。

では、原発はどうなりますか。2011年3月11日以降日本列島がそれまでとは全く違う状況に突入したのだから、すべての断層が動き出す可能性が高まったはずだ。近くに断層がない原発なんてない。従ってすべての原発が危険になってしまった。こういう時に原発を再稼働させて良いわけがないのではありませんか。

いや、断層をそれ自体個別に研究しないと危険と断言できるかどうか結論を出せない。この辺りで教授の言葉は急になめらかさを失い、つっかえつっかえ話すようになった。

でも、3・11以降日本は変わったのでしょう?
それはそうですが・・・・。
だったら調査しなければ何とも言えないなんてことはないのじゃありませんかと、みの氏は結論を下した。

僕はちょっと感心しながら勤務先に向かった。

原発が原子力潜水艦の応用から始まった不完全な技術でいまだどのような原発も人間が安全に使いこなせるものでなく、かつ、トイレなきマンションと言われるような燃料廃棄物処分の方法を確立できないままにそれを先送り先送りしながら使われていくのは決定的に間違っているという理屈で僕たちは話したがる。

それはそれ正しいのだが、実際に原発を使って営まれて来た社会があることを考えれば、それだけでは完全な合意がむつかしいかもしれない。

しかし、日本列島の土地の危険性が決定的に高まったとすれば原発はもう使えない、という理屈なら誰も反対できない。その危険性にびくともしない原発などないことは明らかである。

この理屈では、ベトナムに原発を輸出することはダメだという結論は引き出せない。ベトナムと地震について、今のところ正しく話せる人が出現していないからである。

また、数十年後、日本列島の地震活動期がおさまった時、改めて原発を作っても良いという意見を許してしまうだろう。

だが、今のところ、それでもよいのではないだろうか。当面の日本列島は原発など載せてはいられない、日本列島の突入した不安定さに勝てる原発はないことを3・11が証明したのだ、という理屈で多くの人は一つになれるだろう。

最小の合意ラインを探る、調整することは運動にも必要だ。

ところで、調整、といえば湯浅 誠君が今朝の朝日新聞で、インタビューを受けていた。

「官僚は、頑張ったがダメだったでは済まされず、必ず結果責任を問われる。運動側も頑張っただけではダメで何かしら結果を出すことが求められている」と彼が語るのはやはり納得できない。

紙屋高雪君が、そのブログでいみじくも指摘しているように、運動側は運動が成功しなかった責任を身を持って引き受け被害をこうむっているのである。官僚は企画が失敗して非難されても被害者には絶対ならない。官僚と運動を同じ土俵に載せるのは変だ。

その結果が、橋下徹を感覚に頼って無条件で応援してしまう人たちと、対抗運動側の人たちを「結果に対する無責任」でくくってしまう考え方になるのである。

自分が自分に「お前はこれではダメだ」と言い聞かせているだけなので、そのどこが悪いとも湯浅 誠君は言っているのだが、それはやはり傲慢の謗りをまぬがれない気がする。共産党が、真っ先に運動に飛び出して行き、そのために倒れることも辞さない勇敢さはまったく変えていないににもかかわらず、自らを「」と称して誇ることを良しとせずやめてしまった謙虚さとはちょうど逆だ。

インタビューした記者が、湯浅さんは「メビウスの輪」だと言っているのは、やはりそこに矛盾を感じていることの表現である。

現実を一歩ずつ変えていくしかないことは僕たちはみんな同じ考えだ。問題は、なぜか湯浅君には変えて行こうとしている他の人が見えなくなって来たというところにある。

その点では、みのもんた氏の方が優れていたと僕には思えた。

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