ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン」岩波書店2011 21章イスラエルのこと・・・医療保険下の病院からセキュリティ企業の一部門としての病院に変質する可能性
カナダ出身の41歳の女性ジャーナリストが2007年に書いた本である。
大災害・大惨事を利用して国家の諸機能を民営化するという手法で国民の税金を強奪して貪り喰い、適当な大事件がないときは自ら大惨事を作り出し、その状態をいつまでも維持しようとする現在のグローバル企業と、その思想的バックボーンとなっているシカゴ学派ミルトン・フリードマン一派の悪行の数々を追及してやまない評論である。災害と戦争の継続こそが彼らの目標なのである。
彼らのせいで、2005年のハリケーン・カトリーナの被害を受けたニューオーリンズの貧困者たちは、洪水に囲まれながら何の災害援助もなく飢えの中で死んでいったのである。その時軍隊や警察やセキュリティ会社が富裕者を幻想の略奪から警護していた。
繰りだされる報告があまりにも膨大でかつどれも酷似しているので、途中で著者の執念に負ける形で一時読み続けられなくなるほどだった。
世界にはすごいジャーナリストがいるものだ。日本でこの人に匹敵する人がいるだろうか。
日本についていえば、民主党野田内閣が、選挙公約のすべてをかなぐり捨てて「社会保障と税の一体改革」 「TPP参加」「普天間辺野古移転」「原発再稼働」に激しい勢いで踏み込んでいる現在、これこそ東日本大震災を利用する日本版ショック・ドクトリン政権だという認識に眼を開かせてくれる本でもある。
上下2巻の大きな本なので全部をおさらいするのは無理だから、ここでは最終章の一つ前、イスラエル事情を取り上げた21章だけに触れておこう。
1993年、エリツインがショック・ドクトリンを実行していたロシアから「生活できなくなった(喰いつめた)100万以上のユダヤ人がイスラエルに移住してきた。その中には旧ソ連でITに関する高度な教育を受けていた人も多数含まれていた。
これは、それまでパレスチナ人の労働力に依存していたイスラエル経済を一変させる。多くのパレスチナ人は失業し、塀で防御した新しい入植地が次々と作られ、イスラエルは中東のシリコンバレーと呼ばれるようになる。
しかし、その後ITバブルが終わり、深刻な不況が来た時、2001.9.11がイスラエルを救うこととなった。先進国がセキュリティを一斉に企業に外注しようとする趨勢の中で、対テロ・セキュリティ技術が売れ筋商品となったのである。
イスラエルのIT技術国家からセキュリティ技術国家への変身は、世界の国家が正規の国家と「パラレル民営国家」が並立する状態に変化するのと軌を一にしていた。悪名高い入植地とパレスチナ住民居住地を隔離する防御壁も、富裕な人々を守る技術の実績の筆頭に挙げられた。イスラエルはこの時期パレスチナとの共存を探ることをやめて彼らの緩慢な絶滅を図り、自らは決して敵の侵入を許さない要塞国家となることを決意する。同時期パレスチナの貧困率は70%近くになった。
こんなことを書いていると、日本の医療の先行きが見えてくる気がする。
それは公的健康制度を推進するのが義務だったはずの病院が、いつの間にか、防御癖を張り巡らせて暮らす富裕層に仕えるセキュリティ産業の一部門になってしまう未来である。
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