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2012年2月13日 (月)

民医連の病院がHPH(健康と正義を護る病院)になる意義

WHOが10年以上かけてその正体を突き止めようと懸命に努力している「健康の社会的決定要因」の同定は、病院に何を要求しているのだろうか?

それは病院にいつまでも「崖の下の救急車」の役割を演じる自己満足を断ち切れということである。

崖の上では、不正義による大殺戮が行われているのに、崖の下で落ちてくる生存者を助けることが病院の任務なのか?

崖の上に上がって大殺戮をやめさせよう、これがHPHの精神である。

一方、産業医大の松田氏が唱えている「病院門前町」、故若月俊一先生(佐久総合病院)が唱えたメディコポリス(病院を中心に置いた都市づくり)構想がある。これは、故井上ひさしの「吉里吉里国構想」、池澤夏樹「春を恨まない」の中の「病院を中心にした被災地復興」と通じる。しかし、これは上記のHPHと共通する部分がある。

それらは、在宅医療の拡大を積極的に担い、超高齢社会に向けて、病院の持つ生活支援・保健機能をフルに活用しようという文脈の中にある。

HPHも病院門前町形成も、いずれ「安心して住み続けられるまちづくり」に合流していくものである。

このことを書いたのは、2月11日岡山民医連でお話をした時の僕の回答がやや不明瞭だったのを補いたいという気持ちからである。

*「安心して住み続けられるまちづくり」は僕たちの目標だが、なぜそこを目指すかには、①格差による健康悪化予防と、②障害者・高齢者のQOL保障という二つの説明が可能だが、もとをたどれば、同じ新自由主義による国民生活破壊への対抗軸だということだ。

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