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2012年1月15日 (日)

加藤周一「ひとりでいいんです 加藤周一の遺した言葉」講談社2011

加藤周一さんの本を読むことは僕にとって純粋な楽しみで、好きな音楽を聞くに等しい。この本もそのような本で、特に書くべきことはない。どこにも加藤さんの息遣いが溢れているようで、作ってくれた凡人会の人達にお礼を言いたくなる。

もちろん加藤さんと僕の意見が違うところもある。とくに中国の文化大革命やチベット独立問題ではそうである。ダライ・ラマのもとでチベットが独立すると、政教一致の国になるので好ましくないとする加藤さんの主張は加藤さんらしくなく混乱している。しかし、そんなことはどうでもよい。

一点だけ、今の僕の仕事に直接に関係することがあった。第5章の技術者と知識人を論じた部分である。

少し僕流に変えて引用すると、「技術者と知識人の分かれ目は、専門家が専門外に出て 、自分の仕事が社会や人間にどういう影響を及ぼすか考えるかどうかにある、とサルトルは定義した。自分もそれに同意する。しかし、問題はそこではなくて、どうしたらそのようにして技術者が知識人になれるかという過程あるいは方法にこそある。」と加藤さんは言っている。

医師が一般的な守備範囲を超えて人権の守り手になるには何が必要なのか、それが今の僕の第一の関心事である。医師がどこまで行っても視野の狭い専門家でしかない現実を、特に青年医師のところでどう変えることができるのか、いつも考えている。加藤さんはそここそが一番難しいと言ってくれているのだ。

その答えは、第3章にありそうだ。結局のところ、「原体験」と呼ぶべき経験しかないのだろう。
東日本大震災の支援活動が一人の医師の原体験になる可能性がある。
それは、今読んでいる、レベッカ・ソルニット「災害ユートピア」が関連したことだろう。
しかし、ソルニットは、災害は実は普遍的にある、いまの社会そのものが災害だといっているのだ。
日常生活のなかにある災害を見抜く目を養えば、人々の変化はきっと起こる。
医学生や若い医師もそういう経験が重ねられれば知識人に育つはずだ。

それからもう一つ、「一つの観点からいくら世界がよく見通せたとしても、それはそれが唯一の観点だということは違う、混同してはならない。そういう観点は複数存在する可能性がある」と加藤さんがしているのは、僕の当面の関心に影響する。

いまの共産党からは受け入れ難く思われるだろう柄谷行人のマルクス解釈も、加藤さんは容易に受け入れただろうことを推測させるものである。生産力と生産様式を土台に上部構造を見通すことも、生産力ー生産様式に加えて交換様式を土台にして別の上部構造を見通すこともいずれも可能なことで、どちらかが間違っているわけではない。

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コメント

はじめまして。凡人会の小川与次郎(和也)と申します。
来月、岩波ブックレットより、加藤周一先生と凡人会の『いま考えなければならないこと』という本がでるのですが、そのはじめにの部分で、『ひとりでいいんです』の読者の反応・感想として野田浩夫さまのブログから一部引用させていただきたいのですが、ご許可いただけますでしょうか。ご返事いただければ幸甚に存じます。アドレスは、ogawa.kazunari@s.hokkyodai.ac.jp
です。よろしくお願いもうしあげます。

投稿: 小川和也 | 2012年10月13日 (土) 20時15分

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