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2012年1月 2日 (月)

雑誌「世界」12月号 ナオミ・クラインの記事「ウォール街を占拠せよ ―世界で今いちばん重要なこと」に励まされる・・・中野剛志とも共通点があるかもしれない

年末年始は12月29日と1月2日が当直。その間は、病棟から入院患者の変化の報があるたびになるべく素早く病院に行き短時間で方針を出して帰宅して読書という方針にした。

読書といってもたかが知れている。友人からもらった中野剛志の本2冊、理事長室の本棚の整理をしている途中に手に取ってしまった佐藤貴美子「われら青春の時」新日本出版社2009(名古屋の民医連の歴史の小説化されたもの)、およびマルクス「経済学批判」の序文くらい。

中野剛志は佐伯啓思に似ているのかもしれない。そういえば二人とも今は京大にいる。グローバル化でなぜ貧富の格差が広がったかをデフレをキーワードにして説明しているのが説得的だ。最初はつまらないと思ったのだがだんだん面白くなってきた。日本のコミュニタリアニズムはばかにはできない。吸収するべきものは吸収し可能なら共闘の道をさぐることが必要なのだろう。

それよりも気が重いのは1月から2月にかけて急に4箇所での学習会の講師を引き受けてしまったのと、その真ん中あたりに医学部での特別講義が入ったことだ。どれもテーマは近接する。

これまで作ったいくつかのプレゼンテーションをそのまま使ってしゃべれなくもないのだが、自分自身の考えがそれらを作った当時より大きく変わっている気がしているので、全く新しく作りたい。そこで、全体の概要を講演調の原稿として書いてみることにした。しかし、これが強い心理的抵抗を生んでしまう。なんだか自分の力量をはるかに超えたテーマに挑んで、結局は空疎なことを大げさな身振りでしゃべろうとしているのではないかという恐怖感にとらわれてしまう。

限局的かつ具体的なテーマを選んで、役所が発表している文書を読み込み、若干の批判を加えつつも正確に紹介すれば参加者には有益なのかもしれない。しかし、それは僕が最も不得意とすることだし、そういうことなら田舎の一臨床医の僕が講師になる必要はないのだ。

この二つの思いの間で仕事のスタートが切れない。

そのせいか、2日の朝はいなくなってしまった人に会う夢を見た。何かを頼まれたので、「それは簡単だが、でももうすぐ、いなくなってしまうんだよ」と言った。本人はそれを知らなかった風で、そこからどういう展開になるのか気がかりだったが、丁度その時、「病棟から入院患者の腹痛が続くがどうしたらいいか」という電話がかかってきて叩き起こされた。

暗い曇った朝だった。

厚い本を読む気にもなれず、机の上にあった雑誌をあれこれ読み散らかしているとき、やや古くなってしまった「世界」2011年12月号を手に取っているとナオミ・クライン「ウォール街を占拠せよ ―世界で今いちばん重要なこと」が目に付いた(124ページ)。

40歳くらいのカナダのジャーナリストであるナオミ・クラインは「ショック・ドクトリン」の著者で、先月の民医連の理事会でも数人が話題にしていた。その本自体を目にもしていないことで若干焦りを感じたことを思い出して、短い記事を読んだ。

*「ショック・ドクトリン」は日本の現状では「東日本大震災便乗型構造改革」とでも訳せそうで、その大要とナオミ・クライン自身の語りはhttp://democracynow.jp/video/20070917-1/で見ることができる。最初の登場する初老の女性はアナウンサーでナオミ・クラインではないことに注意。

「ウォール街を占拠せよ」「私たちは99%だ」というスローガンを掲げた今回の運動と1999年の反グローバリズムの運動の違いをナオミ・クラインは注目している。

まず経済状態が違う。1999年は世界経済は絶好調で失業も少なく、景気がよかったので強欲な経済システムと闘おうといっても得られる共感は少なかった。今は豊かな国は世界中から消えて、存在しているのは1%の金持ちだけになった。彼らが公共の富を略奪し、世界中の自然資源を使い尽くして金持ちになったのは明らかだった。運動の仕方も持続的になったし、非暴力に徹するようになった。権力のつけ入るすきがなくなっている。

ナオミ・クラインはここで触れていないが、運動が「反グローバリズム」と言わず、それぞれの国の支配の中枢に的を向けていることも大きな違いだろう。これは中野剛志の「経済ナショナリズム」とも関係するかもしれない。資本と国家が国民を忘れて癒着をますます深めることに批判を絞り、国民本位の国家が資本を規制する方向に変えることを目標とする点においてである。

しかし、それより、今の僕が励まされたのは以下の言葉である。僕流に少し変えてある。

「私たちは、この地球上でもっとも強力な権力を持つ相手にケンカを吹っ掛けたのです。それは怖いことです。運動が大きくなれば報復の怖さも増していきます。

運動の標的をもっと小さなものにしたくなる誘惑、たとえばこの会場の隣の人に論争を吹っ掛けることで済ますというような誘惑、それは勝ち目があるし、怖くないのですが、そんな誘惑に負けないように注意してください。隣の人はみんな同志と思ってください」

その直前にみた夢はいつまでも気持の底を漂っていたが、ナオミ・クラインも怖さと戦っているのだということ、これが今年の初めにまず励まされたことだった。

理解されないことを恐れず、話したいことを話してみよう。

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