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2012年1月24日 (火)

1月19日から22日のこと・・・「災害ユートピア」 、「ショック・ドクトリン」、クリシェとしての「矛盾」、WHOの健康戦略の変化、清瀬市訪問、林神父の話、センの「脱集計化」

今年、初めての出張の話である。標題に書いたようにいろんなことがあったので、統一した感想をまとめきれないうえ、宇部に帰るとすぐに別の仕事が忙しくもなった。大事なこともそうでないこともあまり吟味もしないで記録しておくしかない。

記憶に残った言葉:(  )は僕の感想

○林神父―「寝る前に自分の書いたものを何度も読み返して発見がある。」

(僕も自分のブログを読み直すと、すでに記録したアイデアを忘れているのを発見して焦ることがある。ブログに向かう時間が多いのも、備忘のためなのだと改めて気付く)

―「私に関わらなかった方が良かったと思う人はいる。その人たちに泥水を飲ませることとなった。」

(誰もが活動に向いているわけではない。その資質がないのに日本を飛び出して精神が破たんした人もいるのだろう。そのことを最初から予想できるわけではないし、当初の勇気は多くの人がほめたたえるものなのだ)

○清瀬の複数の医師たち―「自分は『来た球』を打ち返しているだけの医師生活を送っている。」

(この言葉は映画「ディア・ドクター」や原作の小説に出てきた言葉で、マンネリに陥った医師にとってなかなかリアルな言葉なのだが、みんなあの映画を見たのだろうか)

(そういえば、清瀬あたりは「来た球(北多摩)」というのだった。)

○19日 2011年12月23日にあったイチロー・カワチの講演会(日本福祉大の近藤先生主催)の参加報告を聞く。残念ながら僕は行けなかったものだ。

「臨床はセクシーだが公衆衛生はそうではない」、というスライドに考え込む。同じアフリカの難民支援を訴えるポスターでも、飢餓状態の女の子の写真と、統計数字を並べただけのものでは寄付の額が何倍も違う。

乾いた数字を示すだけの公衆衛生ではダメだという話。しかし、それは公衆衛生側の努力によるだろう。本当の訴求力は公衆衛生の方が何倍も大きく、僕にはよほどセクシーに感じられる。

ふと、飢えた女の児を後ろから襲おうとしているハゲワシの写真でピューリツァー賞を取りながら、「写真を撮るより助けろ」と世界中から非難を浴びて受賞1カ月後に自殺したケビン・カーターのことを思い出す。写真の世界は一見訴求力は大きいが危険でもある。

ケビン・カーターは写真をすぐに撮り終わるとハゲワシを追い払い、女の児は難民キャンプに無事戻ったらしいのだが。しかし、そこでは毎日十人前後が死亡し続けていた。

○20日、会議で配られた総括文書の冒頭、「矛盾とせめぎあいの2年間でした」とある。この「矛盾」という言葉くらい、僕たちの間で乱用される言葉は少ない。何かよくないことはすべて「矛盾」と表現されるのだ。矛盾という言葉を使うときには、現在は併存しながら、最終的にはそれが不可能になる2者が何かを示す必要なのに、漠然と「矛盾」とだけ書かれると、落ち着かなくなる。「こういう cliche' (陳腐な決まり文句)は使わない方がいいのでは」と発言したが、発音悪く理解されなかった。

○WHOの世界戦略の変化の中に潜む弁証法的性格を指摘するが「それは君だけの考えでしょう」と言われて採用されず。大げさにもガリレオのような気分になる。

○21日 西武池袋線で清瀬市に行く。かっては結核治療の中心地で、日本の生存権確立の上で大きな役割を果たした日本患者同盟もここで誕生した。日本人権の聖地といってもいいだろう。

そんなところで、6か所の診療所のネットワークだけで頑張っている医療生協があり、その管理会議で短い講演をさせてもらう。上手な話ではないのに熱心に聴いてもらったうえに、夕食を御馳走になり、手作りのジャムとパンも夜食に貰う。

なんだかお坊さんになった気分である。

○22日早起きして飛行機の1便で山口に帰り、その足で下関に行く。苦労して、下関深江カソリック教会の林神父の出版記念会の会場「下関労働者教育センター」に辿り着く。ほとんど山の頂上にあるのに歩いて登らぬくてはならない。下関市民は斜面に住む部族であることを改めて確認。林神父は、驚くほどエネルギーと知性に恵まれたおじいさんである。話に聴きほれて、本も買う。

○「災害ユートピア」、「ショック・ドクトリン」をこの行程の間読み続ける。

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