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2011年12月22日 (木)

差異を考える・・・プライマリ・ヘルス・ケアとヘルス・プロモーションとソリッド・ファクツ(健康の社会的決定要因)

WHO関連の用語として、上記の三つの事柄が全く同じ意味合いのものとして語られることが多いように思えるが、それには違和感を覚える。

同じものなら三つも言葉はいらない。その違いにむしろ大切なことが隠されているような気がして、少し考えてみた。

思い切り独断的な話で、おそらく間違っている。

しかし、どこから議論を出発させたかを記録するために今考えていることを記録しておこう。

1978年のアルマ・アタ宣言で始まったプライマリ・ヘルス・ケアの運動は、先進国における植民地対策と下層労働者対策の戦後版だった。最も困窮した層の救済に焦点があり、華々しく掲げた「すべての人の健康の実現」という視点は弱いものだった。さらによく読めば、人々は保健予防の企画に参加は求められるが、政治参加して生活をよくするというインセンティブはあたえられていない。同時に、発展途上国の独裁政権を民主化することに必要性は示唆されてもいない。これはおそらくソ連がそういうものを嫌ったことによると思える。

これに対し1986年オタワ憲章から始まったヘルス・プロモーションは、ヨーロッパではすでに1970年代後半から始まり、日本では1990年代から顕著になった深刻な先進国不況とグローバリゼーションを反映して唱えられ始めたものだった。 プライマリ・ヘルスケアとの違いは、困窮した人だけを対象とするのでなく、すべての人に健康を保障しようとした点にある。

しかし、当初はアメリカ型の個人の能力向上(エンパワーメント)重視と、ヨーロッパ型の社会条件整備重視との折衷的なものになっていた。すなわち、アメリカ型の健康の自己責任原理を容認するものだった。

例を挙げると、禁煙教育をこれだけしたのだから、それでもタバコを吸って肺癌になる人の面倒は健康保険では見られないという側面もあったのである。

日本で言えば健康増進法で国民に健康維持の義務が課せられたことに相当する。最近ある診療所が張り出したポスターに「健診を受けるのは国民の義務です」と書いてあったのを見た。この診療所の所長の頭の中は大東亜戦争中なのだろうか。健診を受けない者は非国民なのだ。

それが健康を損なう社会的決定要因をなくすことの方を重視する姿勢に傾いたのが1997年のジャカルタ宣言で、翌1998年にはWHOヨーロッパ事務局が健康の社会的決定要因とその対策について総論2項目各論8項目をまとめたソリッド・ファクツを発表した。

2005年のバンコク憲章では、ヘルスプロモーションの定義の中に、健康の決定要因をコントロールするという言葉が挿入され、この傾向は確立した。そして2010年に発表されたマーモット・レビューの学習が先進国の間に広がっている。ここでは健康の自己責任追及の姿勢はない。

バンコク憲章では、エンパワーメントの一つとしてヘルス・リテラシー(健康に関する理解+実践力)が強調されているがその中心は社会的・経済的・政治的な健康の決定要因を変化させうる批判的(critical)リテラシーである。

タバコを禁煙教育で止めさせるのは限界がある。タバコを吸う時間しか自分の自由になる時間がないような楽しみのない生活から抜け出して、もっと自分の可能性を延ばすために使える自由な時間を社会的に作り出せればタバコも止められるし、生活全体が健康的になるということである。

まとめれば

アルマ・アタ宣言、オタワ憲章、ジャカルタ宣言、バンコク憲章という地名のついた憲章や宣言には

最も困難な人のためのプライマリ・ヘルス・ケア ⇒ 自己責任を原則にしながら個人を支援してすべての人の健康を促進しようとするヘルス・プロモーション ⇒健康を阻害する社会的要因をなくすことで健康を保障しようとするソリッド・ファクツ

という歴史的に変化してきた経過があるのではないか。

言ってみれば、生存権に対応するプライマリ・ヘルス・ケア、健康権に対応するソリッド・ファクツ、その中間にあるヘルス・プロモーションということではないだろうか。

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コメント

大変勉強になりました。
公衆衛生大学院で学びましたが、このあたりの議論はこんがらがっていました。
健康日本21は鳴り物入りで一次予防&ヘルスプロモーションをうたっていましたが、結局は第二次で二次予防に大きくシフトしました。
ヘルスプロモーションはジョンレノンと世界平和と同じくらい、年代物の様相です。
そもそも定義がわかりづらすぎですね…
しかし、看護学校あたりで教えなければならない身になり、ほとんど国試にも出題されないこの分野を再度学ぶはめになりました。

健康増進法には、健康管理が国民の義務として規定されています。
健康管理ができない人が非国民呼ばわりされる日も近いでしょう。

ヘルスプロモーションという政策理念も、アメリカ型とヨーロッパ型があった、という話が腑落ちしました。
日本はどうやらアメリカ型をとったようですね。
公衆衛生大学院の先生たちは雄弁な人たちでしたが、この流れを止めようもなかったのだなと思います。

環境要因のことを、大切に伝えていきたいと思います。

まとまりませんが、記事の御礼をもうしあげたく、書き込みました。

投稿: YOKO | 2019年7月16日 (火) 16時49分

雑な文章が、ご参考になったことは望外の喜びです。ありがとうございました。

投稿: 野田浩夫 | 2019年7月26日 (金) 13時17分

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