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2011年12月14日 (水)

ある日の散髪

昼休みの隙間を縫って散髪に行く。他に時間が取れない。

ふつう75分はかかる店なのだが、30分で終わってもらうよう頼む。

すぐに目を閉じてしまったのだが、店に流れる有線放送からは演歌が続いている。先客のリクエストか、店主の好みである。

別離の曲ばかりが続く。会えるはずのない人に会いたいという話。

ふと、時間をさかのぼれるならどこに行きたいだろうという疑問が頭の中に生まれる。

先日、光より速い素粒子線があるのではないかということが話題になった時、朝日新聞の「天声人語」は、これでタイムマシンが可能になるなら2011年3月10日に行きたいと書いていた。それは誰にも納得されたはずだ。

9月3日の午後10時20分に行くことができれば僕は何をするのだろう?と思い始めると感情が抑えられなくなりそうになった。

とはいっても、演歌を聞きながら悲しそうだったなどという噂が地域に広がるのはまっぴらなので、思い切り眠ってしまうことにした。そして、なかなかいい男になって病院に帰ってきた。

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