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2011年12月27日 (火)

阿部昭一「90年代に期待される事務職員像」(全日本民医連事務部門職場責任者会議1991)を読む

2008年に72歳で亡くなった元全日本民医連会長・阿部昭一先生が書き残したものを改めて学習しているのだが、上記の講演記録は刺激的なのでメモを作っておきたい。

○いまはあらゆるものを疑ってみなければならない時代だ。どんな組織も、幹部も、存在するに値するかどうかが鋭く問われ、存在に値しない組織や幹部は消え去るしかない時代だ。

○幹部に求められるのは自分だけの確信ではなく、人を説得できる確信だ。そのために理論的再武装しなければならない。

○これまで動かなかった職員が初めて署名をとってきたとき、褒めもせず「目標まであと何筆残っている」としか言わなかった婦長がいる。やる度にみんなが不愉快な思いをして戦線を離脱するようなら署名活動などしないほうがよい。
運動がいつの間にか仕事になり、数字追いだけで職員の成長を摘んでいるようなら、その幹部は社会保障活動に関わらないほうがよい。

○民医連は無条件で発展していくなんてことはない。「綱領の思想で団結した職員集団作り」に失敗すれば、変質するか消失するかだ。

○医師の意見が異常に突出する病院という組織を、全職種の意見が反映するように調整するのが事務長の仕事だ。

○「病院が先で診療所は後回し」という医師に「診療所だって重要だ」と思想闘争できるよう、日ごろから医師との接触と道徳的権威の確立に努力しなければならない。

○北海道勤医協だって、うまくいったのは200床までで、300床超えると到底管理できないということになった。医師が増えたら楽になるかと思ったら、どんどん専門分化してしまって収拾がつかなくなった。これが大病院管理の現状だ。悪戦苦闘して勉強するしかない。

○医師や看護師はすでにそうなっているが、事務系職員までも階級的民主的立場抜きに入ってくる経験は民医連始まって以来だ。・・・(野田:この発言から20年、社会科学の素養をもつ事務系職員に会うことはもはや皆無になった。それでも民医連が存在しているのは奇跡に近い)

○しかし、事務幹部や事務職員には山ほどの要求を出しながら、その養成にどれだけの時間と金をかけてきたのだろうか。武器なき戦いをさせてきたのではないか。

○事務系職員が「他職種に先んじて診療報酬制度や福祉制度に精通する」などという方針を出すのは、医師が「看護師に先んじるような診療知識を獲得する」という方針を出すのと同じで滑稽だ。


○班会に顔を出し、患者さんとよく触れ合って、地域住民や患者の代弁者としてその声を医師や看護師に伝えるのも事務系職員の役割だ。・・・(野田:この発言から20年、事務系職員よりも、看護師よりも、内科医師の方が地域のことを良く知っているという事態となった。これは外来診療の仕事のあり方に問題があるのであるが)

○全員参加の経営といっても、何も知らない人が集まってがやがやするというだけなら、ゼロをいくら積み重ねてもゼロということ。みんなが少しづつは知識を持って、それを交流して倍加していくという風にしなければ。

○「彼は仕事ができるから」、というだけでなれるのは課長どまり。人に任せて仕事をするというのが管理。これには忍耐がいる。

○管理労働はとても重要。プレーイングマネージャーの医師はほったらかしにしていたらプレーばかりに熱中するので、管理する時間を意識的に与えなければならない。

○会議を形骸化し、提案議題がすんなり通ってホッとする、というのを喜ぶのはいかがなものか。

○中間管理職は、直接民主主義の勘所。直接民主主義がないと間接民主主義は死ぬ。
上から来る文書を伝達するだけではだめ。咀嚼して自分の言葉で伝えること。ある文書は標題だけ読めばよいだろうし、別の文書は全文読み合わせをすべきだろう。そういうことができるのは中間管理職だけ。

○自分はなぜ民医連にいるのか、自分の中ではっきりさせろ。

○『私は民医連のことはよく知らないが経営は任せてください』といった輸入幹部がいた。当然、経営は破たんした。

民医連を発展させるための「民医連学」というものがあるのだ。それを事務幹部は先頭になって作れ。


*ところで、阿部先生は、その出発点で「異端」だった。
民医連にまっすぐ飛びこんだ青年医師として「民医連の青年医師には大学に出向してオーソドックスな研修を受けることがどこかの時点で必要だ」と主張したからである。
当時の民医連は創成期で、参加した医師はすでに大学での研修を終えた一人前の活動家医師ばかりだったが、彼らは反動的な大学への反感が強く、民医連に新たに加わった医師が大学と交渉を持つことを極度に嫌った。そういう先輩医師から見れば阿部青年医師の主張などはなから否定すべきものだったのである。

今から見れば阿部先生は「本来は正統であった異端」である。

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