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2011年12月14日 (水)

柄谷行人「『世界史の構造』を読む」インスクリプト2011・・・健康の社会的決定要因は、プライマリ・ヘルス・ケアやヘルス・プロモーションとは次元の違う議論である

2010年11月に出ている雑誌「atプラス」6号が全く同じ題名の特集号だったので、この本も雑誌に少し手を入れて高いハードカバー本にするあこぎな商売の一例と考えて店頭では手も出さなかった。心の中では唾を吐いていたのだ。

○サリバンに倣って言えば、「著者毎に読者人格がある」。池澤夏樹を読む僕と、柄谷行人を読む僕は別人格なのである。心の中で唾を吐く僕は、後者の場合に現れる。・・・それもいやらしいなぁ。前言取り消し。そんなことはありません。

名古屋にいる次男と電話で話していると雑誌と単行本は全然違うのだという。最近は、いつも僕の先回りをするようになった。

というわけで今日この本をようやく読み始めた。

つい数日前まで読んでいたテリー・イーグルトン「なぜマルクスは正しかったか」河出書房新社2011が極めて理解しにくい本だったので、まるでホームグラウンドに帰ってきたような気がする。

読んだ順にメモを書いていこう。

○が恣意的引用、 *が僕の感想。

僕自身が医療生活協同組合の理事長をしているので「協同組合と宇野経済学」317ページから。

*右翼・反革命家を名乗りながら、なぜか雑誌「世界」や「東洋経済」などで珍重されている佐藤 優(・・・パレスチナ自治政府を支持する人に対し「イスラエルの諜報機関モサドがお前を狙うだろう」などの脅迫的言辞を投げている佐藤の言動から考えると雑誌「世界」「東洋経済」が右翼暴力勢力に屈服していることの証拠といわれても仕方ないと思うのだが、奇妙に知的であることが商品価値を認められているのだろう・・・)を相手にした対談である。

○「世界史の構造」で、柄谷は、高次元の未来社会の展望の表現形式がどう変遷したかを次のように描き出した。まず普遍宗教として現れ、19世紀後半には社会主義の形をとり、社会主義が衰退した20世紀末―21世紀初めには再び宗教として登場する。いま、資本とネーションと国家の複合体である世界資本主義システムに本気で対抗しているのは宗教人しかいない。そのひとつがアルカイダだ。

*テロリスト賛美にしか聞こえない主張をまともに受け取ることはできない。対談相手の佐藤もこうした動きを「世界革命の脅威が迫ってきたので、反革命ネットワークの構築に動いた」などと受けているが、いずれも読者獲得のための冗談であることを祈る。

それよりも、社会主義の衰退によって普遍宗教が表面に出てきた、というのは現実感がある。北九州のホームレス支援機構、米軍岩国基地の爆音訴訟、上関の原発建設阻止運動など、僕の周りにある市民運動の中心には必ず宗教者がいる。彼らは社会主義に敵対はしないが、特別に親しさは感じていない。社会主義の方が協同の在り方を真剣に探っている。それが社会主義の成長の機会を与えることになるだろう。

宗教者のあり方は今のままでよいと思えるが、宗教者を装い社会主義勢力を利用して支配欲を満たそうとする人が混じっているのはときどき感じる。そういう人はある時点で急に僕たちに敵対的になる。見分ける目が必要である。

○労働力が商品である状態をどうしたら廃止できるのかについて、労働者が労働力商品の売り手であると同時に自ら生産した商品の書い手であるという生物学的なところに資本主義の限界点を見て、柄谷は「生産者+消費者協同組合」を実践してようやく展望をつかむことができたという。それは株式会社を協同組合に再構築することだともいう。マルクスが株式会社は資本主義の消極的止揚であり、協同組合は資本主義の積極的止揚だとしたことがここで引用される。その中間に従業員持ち株制度があるということも言っている。

*賛成する。そして今の日本で「生産者+消費者協同組合」の様式が最も成功しているのは民医連なので、未来社会への先駆者としての民医連の歴史的価値を柄谷が主張しているのだと思う。

2010年7月8日に「トランスクリティーク」を読んだ感想をこのブログに僕は書いているが、その中でも、消費を労働力の再生産の場だとすれば、医療こそ消費の典型だとして、医療運動が労働者の消費運動の最大勢力になるのも決して不自然ではないとしている。

もちろん、民医連はそのためにある組織ではなく、基本的人権である健康権を守り抜こうとした結果、たまたま大きな勢力になったにすぎない。その背後には深い必然があるのは当然だとしても。

ただし、レーニンが言ったように、いまのように生活協同組合が資本主義社会に包囲されていれば容易に「生活協同組合の株式会社化」という退化が起こる。TPPに事実上賛成している日本生協連の姿はその一つの表れだろう。

○現実の産業資本主義の剰余価値の源泉は絶え間ない技術革新と、外部の開発すなわち国外の安い労働力の調達にある。それは商業資本の利潤確保に類似する。

事実上アメリカのヘゲモニー時代だった米ソ冷戦時代に西側の古い福祉国家が生まれた。

冷戦後は新しい列強帝国主義の競争の時代。アメリカはもはやヘゲモニー国家ではない。列強とはEU、中国、ロシア、インド、イスラム圏だ、これらが新たなヘゲモニー国家を目指して競争するというのがグローバリゼーションの時代。

この時代に福祉国家は破壊された。

だが中国、インドが完全に資本主義内部に取り込まれれば、必ず世界戦争が起こるだろう。

世界同時革命とは、この世界戦争を防ぐことだ。

日本は世界戦争を防ぐうえで圧倒的に重要な位置を占めている。憲法9条を実行し、国連を通じて世界にその立場を贈与することができるからだ。

*対談の中で柄谷が民主党の代議士の講演を聞かされるところが出てくる。ユーモラスだが、なぜそういう場に彼が居合わせたかを考えると疑念が生まれる。

また、来るべき世界戦争を防ぐために、憲法9条を実現した日本の役割を柄谷が強調ししているのはとても面白い。彼が9条の会に加わることもありうると思う。

ただし佐藤 優相手の対談ではおくびにも言っていない。柄谷も対談相手ごとに人格を取り替えている。

それはともかく、古い福祉国家はソ連に対抗することが第一の、最初から限界を持ったものだった。しかも、そのソ連社会自体が許されない秘密警察的抑圧社会だった。それさえも破壊された今 、構想されるのは新しい福祉国家だが、それは新しい帝国群(アメリカ+日本、EU、中国、ロシア)が競争するグローバリゼーションの中の福祉国家なのである。

WHOはそういうグローバリゼーションの中でそれまでのプライマリ・ヘルス・ケアやヘルスプロモーションを超えて「健康の社会的決定要因」=「健康の社会的剥奪要因」を提唱した。それは資本主義に取り込まれた国々に共通する意義を持つもので、資本による健康の剥奪を許さないという根源的な主張をはらんだものである。

新しい福祉国家は健康の社会的剥奪を許さない。「新しい福祉国家」の新しさの所以はいくつか挙げられるが、この意味が最も本質的なものと言えるだろう。そういうことを考えるヒントが柄谷から提供されていることは否定できない。

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