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2011年11月14日 (月)

猪飼周平講演の感想を保険医協会会報に寄稿

10月23日、大阪で開かれた保団連医地域医療交流集会に参加して聞いた猪飼周平講演の感想文を保険医協会の会報に書くよう命じられた。一昨日、昨日と民医連中四国地方協議会主催の医療安全交流集会を引き受けて疲れきっているのだが、出張のスポンサーのいうことだから命令に従うしかない。

といっても、午後の診療の合間に合計15分間位もかけて書きあげてみると、僕の考えもいっそう整理されて無駄ではなかったので、ここにアップしておくことにした。

医師が、地域包括ケアのコンダクターとして貢献すると決意しなければ、脱医療化された悲惨な地域ケアが出現、住民の大半が医療難民になっていくこと必定である。

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「一橋大学の猪飼周平氏は経済学・社会学のサイドから医療史を専攻している40歳の新進の研究者である。2010年に有斐閣から出版された「病院の世紀の理論」が相当に評判になっており、おそらくそのため保団連医地域医療部が彼に注目し、今回講演に招いたものだろう。

相当読みにくい上記の専門書を敬遠される向きには、プライマリケア志向の医師がよく読んでいる雑誌JIMの2011年6月号に猪飼氏本人が書いた分かりやすいエッセーがあり、事務局に連絡されれば入手できるようにしておいたので、実はこちらからお読みいただく方が皆さまにはお勧めである。

猪飼氏の主張を簡単に言うと、大半の医師が生まれた時からそうで死ぬまでそれが続くだろうと信じて疑わない現在の医療システム、すなわち病院を中心にした治療医学のシステムは、それ自体の華々しい成功にも関わらず、残念ながら20世紀の遺物として終焉を迎え、「単なる生存より生命の質重視へ」という医療の外側で起こった社会全体の価値観の変化によって、21世紀の早い段階で「生活支援」を看板に掲げる地域包括ケア型のシステムにとって替わられるというものである。

なお、この地域包括ケアという概念は、在宅医療・介護・福祉・居住の整備が緊密に結びつく点では現在厚生労働省が計画している同名の政策に外形上似ているが、本質的には無関係のものだとされる。というのは厚生労働省の地域包括ケアは社会保障削減の道具にすぎないからである。

注意すべきは猪飼氏はそういう変化が起こるべきだと政治的に主張しているのでなく、それは歴史的にある程度必然的であると社会学的に推論を立てていることである。20世紀の病院での治療にも優れたものから劣ったものまであったが、21世紀の地域包括システムにも同様のヴァリエーションが生じるだろうとされている。

これを正しいとすれば、医師、特に開業医は21世紀にどう臨むべきだろう。患者を病院に紹介するだけの脇役でなく、地域包括ケアのコンダクターとして主役であることが求められる。その際、もっとも求められるのは他人を深く理解するコミュニケーション能力である。

その重大性は、開業医がその役割を放棄したときを想像するとよく分かる。

2000年の介護保険が「ケアの脱医師化」第1段階であり、現在の厚生労働省の地域包括ケアがその第2段階であることが明らかになりつつある現状からみて、そのとき地域に出現するのは医学的観点が欠落した極めて劣ったケアシステムであるよりほかはないからである。」

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