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2011年10月26日 (水)

展望を失う医師たち、あるいは富裕層のためのツインタワーの足元に広がるスラムという未来像・・・それを解決するのは生存権を超えた健康権に基づく「新しい福祉国家」

以下は僕がある人にあてて書いた職務上の手紙である。

なんとなく、それだけに終わらせるのももったいない気がして、ここに再録してみた。

それほどよくできた文章でもないのだが、考えが少しづつ進んでいるの残しておこうというつもりである。

10月23日 大阪で保団連医療活動交流集会が開かれ、後半が猪飼周平氏の講演だったので参加してきました。

そのとき配られた資料を二つ添付します。

≪キュアからケアへ≫、

≪生存=延命からQOLへ≫、

≪専門医から総合医へ≫、

≪病院医療から地域包括ケアへ≫、

と、どれも同じような意味になりますが、これらの変化が生じたのは、決して超高齢社会の到来というような50年未満で終了してしまう一時期の現象によるのでなく、より大規模な社会の価値観の変化によるのだというのが重要です。

そもそも医療はこれまで実質的にはプラセボ効果以外のものを発揮していなかったのが、20世紀になってようやく実質的な有効性を獲得して、病院という舞台の上で大きく飛躍を遂げました。
病院を舞台にした治療そのものの発展には格別の本質的な失敗もなく、治療の効果が発揮されたことも一因となって出現した超高齢社会によって否定されるどころか、その中ではさらに役割が求められています。

しかし、それでもなお、20世紀から21世紀に変わろうとする時期に、社会全体が20世紀に医療が成し遂げた発展を超えるより大きな変化を長足に遂げてしまった結果、医師は訳も分からず取り残されて展望を失っているというのが現状です。

医師がそこで病院医療の中に逃げ帰るように閉じこもってしまえば、地域は富裕層用の高機能急性期病院と包括的在宅システムという、豪華なツインタワーと、その間に荒涼と広がるスラム街的ケアという構図になるでしょう。

医師は今試されています。医師が病院を舞台にした治療医療への情熱も維持しつつ、同時に地域に出て、地域と自分を鍛えあげて、人間が生きてくうえで必要な社会資源=ソーシャルキャピタルを、保健や福祉と医療の橋渡しができるという医師の立場を十分生かしながら地域の中に築いていかなければ、地域の包括的なケアを作り上げることはできません。

しかし果たして医師はそのような自己変容ができるのかどうか、医師という職種の運命を超えて人間の地域生活がかかった問題だと私には思えます。

以下は、私独自の考えですが、このことは健康権問題にも関連してきます。

社会疫学によって健康の決定要因が明らかにされ、健康と正義と平等が人権の名で結び付いたという側面のほかに、健康の目的を生存=延命(憲法25条、社会権)でなくQOL(憲法13条、自由権)におくという価値観の変化が健康権を新しい人権として位置付けることを必然にしているという別の側面も無視できないと思えます。

(この辺に大山先生が気にしている印南一路氏への反論のポイントがありそうです。)

憲法13条=幸福追求権を、自由権・自己決定の世界に置かないで、言ってみれば新しい社会権として位置付け、自己決定ではなく共同決定をその原理にすることが求められているともいえます。

その意味では、新しいレベルで13条と25条をコアにしていく国家が「新しい福祉国家」だと位置付けることも可能で、ここで「新しい福祉国家」論と「生存権を超えた健康権」論が接近することになります。

「生存権を超えた健康権に基づく新しい福祉国家」ということもできるのではないでしょうか。

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