加藤周一「古典を読む 23 梁塵秘抄」1986 岩波書店
眼が覚めるときはいつもの朝と同じだが、まもなく記憶は押し寄せるように戻ってくる。
そんなときに僕は努力して古びた表紙の加藤周一「古典を読む 23 梁塵秘抄」を読んだ。
後白河法皇が蒐集して全10巻あったはずのものが、現存するのは主として第2巻のみ。
当時の俗謡の歌詞を集めている。
作者は、貴族や農民でなく、遊女や巫女など漂泊の芸能者である。彼らでしか取り上げない主題があったということだろう。
加藤さんは、人間の生きる次元を二つに分けている。あるいは一方が他方に還元されることのない絶対的平等の関係にある二つの世界。
自分のほかは誰も主体として登場しない経済的次元、そして他人も自分と関わりを持つ主体としてあらわれる一回きりの人生という次元。
これは同一平面上にあるものではない。もし同一平面上にあるならば、後者は経済人の気やすめ、自己欺瞞の装置にすぎない。(日経新聞の文化記事はそういうものでる。)
そして後者を表現するものは宗教、恋愛、芸術としてのみ鋭く圧倒的に現れる。
梁塵秘抄の中に僕たちが読むものはこの次元のものである。
なかでも風に便りをことづける、という切実な歌詞があり、加藤さんが立原道造を思い出すと言っているということが気になった。
15年戦争の緊張した空気の中で高原の風と対話し続けた青年である。
言葉は風に託すことができるのだろうか、雲の中に消えていくとしても、荒涼とした野辺に降りていくとしても。
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