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2011年8月29日 (月)

「介護保険の『脱医療化』路線は間違っていたように思う」(松田)・・・しかし第二の脱医療化も始まっている(野田)・・・市民であり、援助者であり、治療者であることを医師は迫られている

2011年8月27日に開いた民医連の在宅医療交流集会で産業医大の松田晋哉さんは「介護保険の『脱医療化』路線は間違っていたように思う」と言った。

松田さんはその一言を言っただけなのだが、僕の中ではそれがこだまするように響いた。

介護分野に医師が介入するとチームワークが乱されて、はっきり言うと邪魔になるというのは、2000年に介護保険がスタートする前のいろんな検討会や学習会で聞かされたことである。

できれば医師抜きで、なるべく医師の関与を少なくしたいという潮流はずっと続いていた。

それは医師の傲慢さやパターナリズムという弱点を利用した、医療への巧みな攻撃だったのである。結局は、介護から看護師も含めた医療を切り離し、社会保障全体を安上がりなものにすることとなった。医師でも看護師でもないケアマネージャーが大量に生まれた。

医師批判には様々なものが動員された。イワン・イリイチが「脱病院化社会」1967年で、医師や医療は「病人」を創作し人々を医師と医療に依存させるだけのものに過ぎないと批判したのも、利用されたはずである。

それは「医療崩壊」に反対するドクターウェーブ、ナースウェーブのなかで一時鳴りを潜めたかに見えた。

しかし、2011年6月15日の介護保険法改定が2025年完成を目指して「地域包括ケア」をスタートさせたのは脱医療化、脱医師化の第2段階にほかならなかった。

医師は高度急性期病院に集中させておけばよい、地域には不要だ、医師抜きの地域医療を作ろう、という姿勢がはっきりしている。医師・看護師の実質的関与抜きに、大量の死亡者の看取りが行われようとしている。

不動産会社が作った巨大な高齢者住宅の一階の一室に付属診療所が形ばかり設置され、とっくにリタイアしたはずの医師がケアマネージャーの下書き済みの死亡診断書にせっせとサインしているのが僕には見える。

市民であり、援助者であり、治療者であることを医師がその一身に同時に具現化していなければ、そういう構図を止められない。

医師はそういうものになる覚悟を今求められているのである。

だから、上医、中医、下医などという儒教社会の手垢のついた言葉などは綺麗さっぱり捨ててしまわなければならないのである。

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