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2011年8月31日 (水)

日本人の意識が変わってきたかどうか・・・鈴木茂さんを思い出す

久しぶりに「紙屋研究所」 http://d.hatena.ne.jp/kamiyakenkyujo/

を覗いてみると、日本共産党創立89周年記念の志位さんの講演 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-08-03/2011080307_01_0.html

が話題になっていた。

このことをここに書くのは、つい最近

「もう志位さんの話など聞く気がなくなったよ。だって、震災で日本人の意識が変わったなんて言っているじゃないか。それもNHKTVの番組が根拠になっている」

「そうだね、TVで見たことをマクラに講演するのは頼りないね。『この会場に来るのに乗ったタクシーの運転手さんの話では○○だそうですが』、というつかみで話し始める講演者がいるが、僕はそれを聞いただけでその講演をパスすることにしている」

という会話を耳にしていたからである。

僕自身は、その講演記録はよく読んだつもりだったが、「NHKの『あさイチ』という番組が、5月30日、 『震災で変わった! オンナの生き方』という特集を放映しました」という講演の最初の話は、ただの導入部分としてほとんど気にせず読み流したのだった。

したがって、上記の会話も、その場ではほとんど注意を払わなかったのだが、紙屋研究所で、

「震災前にすでに新自由主義政治に反発して現れていた 『絆を求める国民意識』が震災を契機に一層表面化した」

のだと、志位演説を肯定的に評価しているのを読むと急に関心が強くならざるをえなかったのである。

そこで、もう一度志位さんの講演を読みなおすと、僕は志位さんの意見とは少し違った感想を持った。

震災被害は自己責任とは全く無関係なので、それまで自己責任論にとらわれていた人も、共同性をいかんなく発揮して義捐金を送ったりボランティア活動を行なったり、近所の人にやさしくなったりしたのではないか、ということである。

ということは、いまのところ、国民意識には格別の変化はなく、震災という特殊な状況のなかでは、皮相な時代の支配的な思想がはがれおちて、「社会共同性という人間の本質」が露呈するということを僕も言っていることになる。

しかし、この「人間の本質としての社会共同性」をアプリオリに認めてしまうことこそ、願望と真実を取り違えるアナーキズムにほかならず、マルキシズムの立場からは、共感を感じながらもやはり認めがたいというのが「紙屋研究所」君の立場である。

しかし、人間の基本的な特徴を言語と労働に求め、それによって形成される本質を「共同社会性」とするのは鈴木茂、尾関周二、竹内章朗やさらにはチョムスキーたちにも共通している考えである。

鈴木茂さんが書いたマルクスの人間観に関する論文は1980年前後に注目を浴びたもので、僕は鈴木さんが亡くなった後、今は廃刊になっている「科学と思想」でそれの関連論文を読んで興味を持ったのだった。

ずいぶん前に亡くなった哲学者・鈴木茂さんの言うことを、僕の不正確な記憶で再現すると「進化の中で、人間は社会を作り共同して生きていくという志向を生得的と言っていいレベルで獲得しており、人間の歴史はその社会共同性という本質が平等社会=共産主義的社会を実現するまでに発展していく過程なのだ」という歴史観になる。

さらに、あとで僕が考えたことを追加すれば、自然発生的に優位な「他人支配戦略」に対し、人間が主体性を発揮しなければ発現しない「平等戦略」を対峙させて人間は社会を作ってきたと言ってよい。

それも「そうであったらいいなぁ」というレベルのものだと紙屋君は言うわけである。

そのあたりでは、簡単に折り合いがつかない話になるとは思う。

しかし、「自己責任」論という重石が国民の意識から取り除かれる状況が震災後には現れており、その状況のなかで、自己責任論と改めて国民が対峙することになれば、国民の意識がこれから大きく変わりうるだろうという点では、志位さんも「紙屋研究所」君も、僕も共通するだろう。

すでに「変わった」とみるかどうかは別にして、「これから大きく変わる可能性がある」ということは間違いがないということである。

したがって、「志位さんの話は聞く気がしなくなった」というのはやや志位さんに冷たすぎるのではないか。僕としては少し迷いながら「紙屋研究所」君に軍配を上げたいと思う。

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