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2011年7月12日 (火)

 マーモット・レビュー「Fair Society,Healthy Lives」(公正な社会と健康な人生)仮訳 再掲

2011年日本母親大会の分科会で助言者を依頼されたことから、子どもの健康がなぜ大切かについて考えなくてはならなかったため、2年前に訳したものを改めてアップした。この機会に訳についても、これからもう一度改善していこうと考えている。
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2008年に最終報告を出したWHO「健康の社会的要因」委員会(CSDH)の委員長だったマイケル・マーモットさんが、イギリスの保健省の援助のもとに設置された委員会から2010年2月に新たなレポートを発表した。「マーモット・レビュー」と言われるものである。さすがにまだ日本語訳がないので、私の方で急遽エグゼクティブ・サマリーの仮訳を作ることにした。作業の進行とともに更新を続けていく予定である。

web上では[Marmot,fair society,healthy lives]で検索すれば容易にPDF版を入手できるので、原文で読みたい人はぜひそちらにあたって頂きたい。

なお、このレビューではhealth inequity 健康の不公平 という用語は用いられず、health inequality 「健康の不平等」 というより直接的な表現が用いられている。よそいきのWHOでなく、ホームグラウンドで書いているという事情によるものだと推測される。
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1ページ
「公正な社会と健康な人生」(Fair Society,Healthy Lives)

マーモット・レビュー
エグゼクティブ・サマリー

イングランドにおける2010年以降の健康不平等に対する戦略的レビュー

2ページ
「私とともに立ち上がり
『悲惨を作りだす世界構造』と闘おう」
 パブロ・ネルーダ

*註(野田)ネルーダは有名なチリの共産主義者詩人。上記の詩は1952年出版の「the Captain's verses」(「船長の歌」?)のなかにあるものである。この詩集はイタリアのカプリ島に3番目の妻と一緒に亡命していたころのもので、その時のことは映画「イル・ポスティーノ」に描かれてたので見た人も多いはずだ。この詩の日本語訳が、出版されているかどうかは分からなかった。
3ページ

「議長からの覚書」

社会の中で社会的経済的に高い位置にいる人ほど人生上のチャンスが次々起こりやすく、華々しい生活に導かれる機会に恵まれやすい。同時に彼らはより健康でもある。この二つのことは関連している:社会的にも経済的にも恵まれれば恵まれるほど健康も良好である。この社会的状態と健康の間にある関連は、決して健康に関する「本当の」関連群―「ヘルスケア(医療保健)と不健康な行動」など―の「脚注」という程度のものではなく、まさに中心的焦点となるべきものである。社会的状態の一つの尺度を考えてみよう:教育はどうだろう。大学卒の人たちはそうではない人たちに比べてより健康であるし、長く生きるのである。30歳以上の人々の場合、学歴がない人たち全員の死亡率が、学歴がある人たちの死亡率まで減ることがあれば、毎年20万2千人の早過ぎる死亡が減るのである。確かに、これは懸命に努力するに値する目標である。

このレビューに関係した私たちはみんなはよく分かっている―今は少数の人だけが享受している人生のチャンスをもっと多くの人に与えることによって目覚ましい改善を達成するには長い道のりがある。このような努力の効果は直接生命を救うより広範なものになるだろう。そうなれば、社会にいる人々はいろんな経路で健康になっていく:生まれ、育ち、生き、働き、年をとることが起こる環境の中においてである。人びとは改善された福祉、よりよい精神衛生、障害による不利がより少なくなっているのを目の当たりするだろうし、彼らの子どもたちは生き生きし、みんな持続可能な仲の良いコミュニティに暮らせるだろう。

私はWHOの「健康の社会的決定要因委員会」の議長を勤めた。ある評論家は委員会の報告に「エビデンスを備えたイデオロギー」というレッテルを貼った。同じようなレッテルはこのレビューにも貼り付けられるだろうが、私たちは喜んでそれを受け入れるものである。私たちは一つのイデオロギー的な立ち位置にいる:合理的な方法で回避できるはずの健康の不平等が存在するのであれば、それは不公正である。それらを正すことは社会正義にかかわる事柄である。エビデンスがどうのこうのではない。意図だけは良い というのも不十分である。

このレビューの主要な任務はイングランドにおける健康の不平等戦略の発展のためにエビデンスを集め、アドバイスすることであった。私たちは9つの機動グループに助けられた。彼らは素早く徹底的に働いて、役に立つと思えるものについてのエビデンスを集めてくれた。彼らのレポートはwww.ucl.ac.uk/gheg/marmotreview/Documentsで利用できる。これらのレポートはこの報告の第2章でエビデンスのまとめの基礎を提供し、第4章で政策上の勧告を示している。

もちろん、健康の不平等というのは新しい関心事項ではない。私たちは19世紀、20世紀に問題の解決を探求した巨人たちの肩の上に立っている。最近の経験からの学びは第3章の基礎を作っている。

私たちは科学的な文献に深く頼りながら、それだけが私たちの考慮するエビデンスのただ一つのタイプとしなかった。私たちは利害関係者と幅広く関わり、彼らの洞察と経験から学ぼうと努めた。実際のところ、このレビュー過程のエキサイティングな特徴は、私たちが中央政府や、右から左を横断する諸政党、地方政府、ヘルスサービス機関、第3セクターや民間セクターに関わっていくために示した関わり方や関心のレベルの深さなのである。変化を起こそうというこれらのパートナーとの関わりは第5章の主題である。

問題の性質と大きさを知り、格差を作り出すものが何かを理解することは健康の配分をより公平にするための行動の心臓部分である。そこで私たちは第5章と付属の2で健康の社会的決定要因と健康の不平等のモニタリングの枠組みを提案する。

最初から、私たちは金ののかかりすぎる勧告になってしまうのではないということを恐れていた。経済的な計算が不可欠だということが私たちを押しつけていた。これ対する私たちのやり方は、(逆に)何もしなければどれだけコストがかかるかを計算するということであった。その数字は、第2章に再現されているように途方もないものである。何もしないことは経済的に選択肢たりえないものである。人間コストとしてもまた莫大である―イングランドでは毎年、早すぎる死亡という形で、健康の不平等に対して250万年分も人生を失っている可能性がある。

私たちは二人の保健省長官に非常に感謝している:アラン・ジョンソンはこのレビューを始めるという計画を持ってくれた。アンディ・バーンハムには熱意をもってそれを継続してくれた。WHOの健康の社会的決定要因委員会が2008年8月に報告を発表したとき、アラン・ジョンソンはその成果をイングランドに適用できるかどうか尋ねてきた。この報告が彼の挑戦への私たちの答えである。

賢明な理事会は知識と経験と意見を与えてくれることでこのレビューを導いてくれた。また事務局が知識と私心のない献身を提供してくれたので作業は極めて活発に進められた。私は双方にとても感謝している;いずれにしても、保健省、研究委員会、機動グループの優秀な同僚たちとの、相談や議論を通じて、多くの人と関わった。その人たちがこのレビュー全体を通じて反映されている彼らの影響を見つけることを私は期待する。
私は世界委員会を始めたときパブロ・ネルーダを引用した。彼を引用することは今なおふさわしいと思える。

’Rise up with me against the organaization  of misery' 「私とともに立ち上がり『悲惨を作りだす世界構造』と闘おう」

マイケル・マーモット(議長)

4ページ

「考慮事項 タームズ オブ リファレンス」

2008年11月に、サー・マイケル・マーモット教授は保健省長官に2010年からのイングランドにおける最も効果的なエビデンス・べーストな健康不公平改善戦略を提案する独立したレビュー(概説)を議長になってまとめてほしいと依頼された。その戦略は≪健康の不平等の社会的要因≫に着目して解決しようという政策と企画を備えるものだった。

レビューには4つの任務があった。

1 イングランドで直面する健康の不平等に対し、将来の政策と行動に根拠を与える最も関連あるエビデンスを同定する

2 このエビデンスがどうしたら実行に移せるかを示す

3 乳児死亡率や平均寿命に標的を置いた最新のPSAの経験を踏まえて、可能な目標と方法をアドバイスする

4 2010年以降の健康の不公平戦略の発展に貢献するようなレビューの成果を公刊する

「お断り・免責事項(disclaimer)」

この出版物はイングランドにおける2010年以降の健康の不公平に関する戦略的レビュー(議長はサー・マイケル・マーモット教授)の集団的見解を収録しているが、必ずしも保健省の決定や公式政策を示しているものではない。

個々の組織、会社、工業生産物への言及は、同様の性格の他のものに比べて、保健省が保証や推薦を与えているものではない。

イングランドにおける2010年以降の健康不平等への戦略的レビューは、この出版物に含まれる内容の正しさを保障するために、あらゆる根拠ある想定対応を行った。しかし出版された素材は表現や含意についていかなる類の保証もないことを条件に普及されてよい。この素材の解釈と使い方の責任は読者に任されている。どんな場合でも、イングランドにおける2010年以降の健康不平等への戦略的レビューはその使用から生じる損害について法的責任を負うものではない。

5ページ

謝辞

このレビューの研究は委員会の議長と委員によって擁護され 、教えられ導かれた。

以下省略

6ページ

委員名簿

議長 マイケル・マーモット

以下省略

7ページ

図の一覧

第1図(11ページ) 平均寿命と健康寿命(障害のない寿命)、各地区の所得レベル別、イングランド。

第2図(11ページ)社会経済的階層別の年齢補正死亡率、東北地域と南西地域、25歳から64歳までの男性、2001年-2003年

第3図(13ページ)貧困度5分位分類における総合的健康質問紙(GHQ)でスコア4以上の人の年齢補正パーセンテージ、女性、2001年と2006年

第4図(13ページ)概念枠組み図

第5図(14ページ)人生コース全体に関わっていく行動

第6図(17ページ)1970年英国コ―ホート(追跡)研究における小児の早期の認知能力発達における不平等

第7図(19ページ)2001年、学歴別に標準化された特定疾患の有病率、2001年、16-74歳

第8図 (21ページ)1981年の国勢調査で記録された社会階層と雇用状態別のイングランドとウエールズの男性、1981-92年の死亡率

第9図(23ページ)5分位別の直接税と間接税、およぼその総所得中の割合2007/2008

第10図(25ページ)貧困度別にもっとも好ましくない環境の地域で暮らしている人口数 2001-2006

第11図(27ページ)10-11歳の小児における地域別、貧困の5分位別品頻度(95パーセンタイル以上)2007/2008

8ページ   白紙

9ページ エグゼクティブ・サマリー

このレビューのキー・メッセージ

1 健康の不平等を減らすことは公正と社会正義に関わる事柄である。イングランドでは多くの人が今日も健康の不平等のために早すぎる死に見舞われている。そのため、総量で見ると本当は楽しんで生きられたはずの130万から250万年の人生が毎年不当に失われている。

2 健康の社会的勾配が存在するー社会的地位が低くなればなるほど健康は悪くなる。健康の勾配を軽減することを標的として行動しなければならない。

3 健康の不平等は社会的不平等の結果である。健康の不平等に対する行動は健康の社会的決定要因全部に関わる行動でなくてはならない。

4 最も困窮した層にのみ焦点を当てることは健康の不平等を十分軽減することにならない。社会勾配の急峻さを軽減するためには、行動は全般にわたらねばならない、しかし活動の規模や強さは困窮の度合いに応じるべきである。私たちはこれを「バランスのとれた全般主義」と呼ぶ。

5 健康の不平等を軽減するための活動はいろんな経路で社会に利益をもたらす。経済的には、健康の不平等によって生じた疾患からくる損失を軽減するという利益がある。健康の不平等による疾患は現在生産性損失、税収減少、福祉経費増大、治療費増大をもたらしている。

6 経済成長は我が国の成功を測る最も重要な基準ではない。健康、幸福の公正な分配と持続可能性こそが重要な社会的到達目標である。健康の不平等に挑戦すること、気候変動に挑戦することは一緒に進まなければならない。

7 健康の不平等を軽減させるには6つの政策目標に対する行動が必要だろう。

 ①人生の最初の地点で最善の状態をすべての子どもに与えよ

 ②すべての小児、青年、成人がその潜在能力を最大限伸ばし、自分の人生全体をコントロール(*が他人に  支配されないよう)できるようにせよ

 ③全員に公正な雇用とよい労働を創出せよ

 ④すべての人のための健康的な生活基準を確定せよ

 ⑤健康的で維持可能な場所とコミュニティを創設せよ

 ⑥健康悪化の予防の役割と影響を強化せよ

8 この政策が実施されるには中央政府、地方政府、NHS(ナショナル・ヘルス・サービス)、第3セクター、民間セクター、コミュニティグループの活動が必要である。国家的政策は全政策において、健康に焦点を当てた効果的な実行のためのシステムが地方になければ実現しない。

9 地方での効果的な実行は、地方での効果的な意思決定を特に必要している。このことは個人と地方コミュニティの能力向上・権限付与のもとで初めて可能となる。

10ページ

「初めに」

≪健康の不平等を軽減することは公正や社会的正義に関わる事柄である≫

不平等は生きることや死ぬこと、健康や病気、幸福や悲惨に関わることである。今日のイングランドで、人々がその社会的環境の違いによって、避けることが可能な健康、幸福、寿命の格差を経験しているという事実は、不公正以外の何物でもない。より公正社会を創造することはすべての人々の健康を改善し、良好な健康状態をより公正に届けることを確実にするために不可欠である。

健康の不平等は社会の中の不平等 ―そのなかで人々は生まれ、育ち、生活し、働き、老いるのである― が原因である。社会経済の姿と、人口の中での健康の分布がこんなにも緊密に関係しているので健康の不平等の大きさはより公正な社会を作ろうという過程の良い道標となる。健康の不平等を軽減しようという活動を行うには、個別の健康課題ではなく社会全体を横断した活動を必要とするのである。

WHO健康の社会的決定要因委員会は、その他の研究があるなかでも、保健省によるこのレビューの委託を引き受けるにあたっての刺激になった。それは世界の様子を探究して「社会的不公正が大規模に人々を殺している」と結論づけていた。一方、イングランドでは死亡率や罹患率において世界的にみられるような不平等の極端さに近いものはないが、不平等はなお実質的で緊急な行動が必要である。イングランドでは、もっとも貧しい地区に住んでいる人々は7年も早く死ぬ(図1の一番上の曲線)。もっと心をかき乱されるのは、障害を持たない平均期間(=健康寿命)ではその平均的差が17年にもなるということである(図1の一番底の曲線)。そのように、住む地域が貧しければ貧しいほど人々は早く死ぬが、彼らはただでさえ短い人生のうち、より長い時間を障害のある生活に費やさなくてはならないのである。勾配の重要性を説明しよう:最も貧しい5%と最も富んだ5%を除外してみても、低所得者と高所得者の間の平均寿命の差は6年になり、障害のない寿命の差は13年なのである。

図1は地区別の社会経済的な性質と、平均寿命・健康寿命双方の間の微細に等級づけされた関連を示していいる。イングランドの飛びぬけていいところと悪いところの劇的な違いだけでなく、社会経済的環境と健康の間の関連は等級づけされた部分にも存在するのである。これが健康の社会的勾配である。個人を住んでいるところで分類した図1だけでなく、教育、職業、住宅状況で分類することで似たようなグラフを描くことができる ―そして同様な勾配を見出すことができる。つまり、社会的地位が高ければ高いほど健康も良好のようだということである。

これらの重大な健康の不平等は偶然生じたものではないし、単純に遺伝子組成や、『悪い』不健康な生活習慣、医療ケアへのアクセスの難しさのせいにするわけにもいかない ―それらの因子は重要であるかもしれないが。健康状態のなかの経済社会的違いは、社会の中にある社会的経済的不平等を反映し、それによって引き起こされているのでもある。

このレビューの出発点は、理性的な方法で回避可能な健康の不平等は不公正だということである。それらを正すことは社会正義に関わる事柄である。どうやって健康格差をなくすかについての論争はどんな社会を人々が望むかという論争であるべきである。

私たちには健康の社会的勾配を完全に消し去ることはできないように見える、しかし健康や幸福の社会的勾配を、今日のイングランドの実情よりは浅くすることは可能だ。このことは、図2で示されるように、ある地域は別の地域より健康の社会経済勾配が険しいという事実によって立証される。

健康の社会的勾配の険しさを軽減するために、行動は全般的でなければならない、しかし行動の規模や強さは困窮の度合いに応じるべきである。私たちはこれを「均衡のとれた全般主義」と呼ぶ。社会経済的な困窮度が大きい人ほどより強力な行動が必要とされるようだが、単に最も困窮した人たちのみに焦点を当てることは健康の勾配を軽減することにならないし、問題の小さな部分にのみ挑戦することになるだけだろう。

「健康の不平等に対する行動はすべての健康の社会的決定要因を横断する行動を求める」

健康の社会的決定要因委員会は、健康における社会の不平等は、日常生活条件の不平等群とそれらを引き起こす基礎的駆動因子(権限、資金、資源における不公平)を原因として生じると結論した。

これらの経済社会的不平等は健康の決定要因(すなわち健康

「健康の社会勾配への挑戦するため行動が必要だ」

健康の社会的勾配が持つ意味は深い。それは資源を最も必要とする人たちに絞って有限の資源を与えようという気持ちに誘い込ませるものだ。しかし、図1の示すように私たちは全員が資源を必要としている ―とびきり良好という人より下にいる私たち全員が、である。もし焦点が最も下にいる人だけに当てられて、社会的行動は飛びぬけて状態の悪い人の苦境を改善することだけに成功するというのなら、ちょうど最低より一つだけ上、あるいは中央あたりにいる人たち ―彼らは自分たちより上にいる人より健康状態が悪いのだが― には何が起こるのだろうか?より公正な社会を創造するためには全員が対象とされるべきである。

と幸福を形成する相互作用要因の範囲)を下支えする。健康の決定要因は以下のようなものからなる:物質的条件、社会的環境、社会精神的因子、生活習慣、生物学的因子。さらに、これらの因子は社会的地位から影響され、教育、職業、所得、性別、民族、人種によってそれ自体が形成される。これらすべての影響は彼らがその中に存在している社会‐政治的、文化的および社会的な文脈によって作用される。

私たちが健康の社会的決定要因について考えるとき、健康の不平等がなぜ続くのかは不思議ではない。主たる領域を横断して継続する不平等は豊富な説明を提供する:子ども時代早期の発達と教育のの不平等、雇用と労働の状況、住宅と地区の状況、生存の標準基準そして、もっと一般的に社会の利便性への平等な参加の自由。(続く)

11ページ

図1 註:横軸に貧富を示す人口パーセンタイル、縦軸に年齢。地区別の平均寿命と健康寿命がプロットされると、見事に貧富にしたがって平均寿命と健康寿命の違いが勾配をなしているのが示される。

図2

12ページ

(続き)そこで、このレビューの中心的なメッセージは、行動にはこれらすべての健康の社会的決定要因を横断することが求められるということ、そしてすべての中央政府、地方政府部局を第3セクターや民間セクター同様にまきこんでいく必要があるということである。健康省やNHSによる行動だけでは健康の不平等を軽減できないだろう。

健康と寿命の不公正な分布は、すべての健康要因を横断した行動に十分な説得力ある理由を与える。しかしそのほかの重要な行動をとるための理由も存在する。子ども時代早期の発達における、青年時代の教育的達成と技術の習得における、持続可能で健康的なコミュニティにおける、社会的で健康なサービスにおける、雇用と労働条件における不平等の持続に着目して解決しようとすることには健康の不平等の軽減を超えて広がる多数の利益がある。

「健康の不平等を軽減することは経済にとって肝心なことである」

健康の不平等を軽減する利益は社会的であると同様に経済的なものでもある。健康の不平等のコストは人間の言葉で測定できる、すなわち失われた人生の年数と失われた活動的人生の年数である;経済の言葉では必要以上にかかった病気の経済的費用ということになる。もしイングランドすべての人が最も恵まれた人と同じ死亡率だったとすると、今日健康の不平等の結果早めにしんでしまっている人たちは130万年から250万年分、余分に人生を楽しめたはずである。付け加えれば、病気で活動を制限されたり生涯を持ったりすることにない人生を280万年以上送れたはずでもある。健康の不平等は毎年310億ポンドから330億ポンドもの生産性の損失に達すると推計されている。税収損失と社会福祉支出拡大は毎年200億ポンドから320億ポンドに上がる。そして健康の不平等関連の余分なNHSヘルスケア経費は毎年55億ポンドの過剰支出である。もし対策を何もしないのであれば健康の不平等の結果としての様々な病気の治療にかかる費用は、肥満だけのレベルで見ても年20億ポンドから増加しはじめ、2025年には年50億ポンド近くになると推計される。

さらに解説すると、私たちは図1に重ねて68歳の線を引いてみた。この年齢はイングランドが年金開始年齢をそこに動かそうとしている年齢である。示した障害のレベルでは、人口の3/4以上が68歳より遅くまで障害のない寿命(健康寿命)を持っていない。もし社会が、(年金がもらえる)68歳まで働く健康な人口を持ちたいと願うなら、全体の健康レベルあげることと、社会的勾配をフラットにすることが必須である。

この報告は経済の悪天候の中で出版される。私たちは危機はチャンスだという声に唱和する。いまこそこれまでとは違うように計画し実行する時である。節約は福祉国家を削減することに導く必要はない。実際は反対のことが必要なのである:イングランドの福祉国家、NHS自体はもっとも切り詰めた戦後状態の中で誕生したものである。これにも勇気と想像力が求められたのだった。今日、私たちは再び勇気と想像力を呼び起こし平等な健康と幸福を未来の世代に保障しようではないか。

「経済成長を超えて社会の幸福へ:持続可能性と公正な健康の分配」

いまこそ社会的成功の唯一の方法としての経済成長を超えて移動するときであるこれ。これはけっして新しいアイデアではなくて、サルコジ大統領により設置され、ジョセフ・スティグリッツを議長とし、アマルティア・センとジャンポール・フィトゥーシも加わった最近の経済行為と社会進歩の測定委員会でも新しく強調されているものである。幸福は単純な経済成長よりも重要な社会的目標である。幸福を測定するもののなかで卓越したものとして健康の不平等のレベルがある。

環境の持続可能性もまた単純な経済成長より重要な社会的目標である。その環境影響に注意せず、原状を維持しようとしない経済成長は国や惑星にとっての選択肢ではありえない。全地球的な気候変動とそれに対する闘いの試みは最も貧しくて最も脆弱な人々に最悪の影響を与えてきた。気候変動影響が最小になる代替措置、気候変動への適応が必要だということは私たちは血がった方法でことをなさねばならないことを意味している。持続可能な未来の創造は完全に健康の不平等を軽減する行動と両立する:持続可能な食糧生産、そしてゼロカーボンな住居は社会を横断して健康に利益がある。私たちは気候変動の影響が最小となる代替措置への援助し、健康の不平等も軽減する方法を企画しよう。

単純に経済成長を回復すること、現状の戻ろうと努めること、その一方で公共消費をカットすることは選択肢となるべきではない。相対的不平等を軽減しない経済成長は、健康の不平等も軽減することはないだろう。過去30年経済成長は所得の不平等を狭めなかった。そして所得に限らないより広範な不平等が存在するが所得は相当数の人生のチャンスの主要な経路と関連している。アマルティア・センが言うように所得の不平等は人々が導かれうる生活に影響するのである。公正な世界は人々を生き生きした生活に導くもっと平等な自由を人々に与えなければならない。

このレビューの中心的な大望は人々が自らの生活を支配できる状況を創造することである。人々が生まれ、育ち、生き、働き、老いるその状況が好ましいものであり、もっと平等に文あぱいされていれば、人々は自分自身の健康や生活習慣や家族のそれらに影響を与えるやり方で自分自身の生活をより上手にコントロールするだろう。しかし、生ききk生活する自由は階層づけられている。たとえば、図3は一般的健康アンケートGHQへの答えがいかに女性の貧困に関連しているかを、2001年と2006年のイングランドの健康調査で示しているものだ。スコアで4以上は精神障害の徴候を意味する。

13ページ

図3 2001年も2006年も貧困度に応じてGHQでスコア4以上の人の割合いが増えているが、2006年は若干緩和している

図4

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「健康の不平等を軽減する6つの政策勧告」

行動のための枠組み

このレビューは双子の目的を持っている。すべての人の健康と幸福を改善することと、健康の不平等を軽減することである。これを達成するため私たちは二つの政策上の目標を掲げている。

①個人とコミュニティの可能性を最大限に引き出す力のある社会を創造する。

②社会正義、健康、持続可能性がすべての政策の心臓部にあることを確実にする。

私たちが集めたエビデンスに基づいて、私たちの勧告は図4に示したように六つの政策た目標にグループ分けできる。この六つの政策対象における私たちの勧告は二つの政策メカニズムに下支えされている。

①ただ健康関連の部局だけでなく、政府全体を横断して、すべての政策において平等と健康の公平を考慮する

②エビデンスに基づく効果的な介入と実施のシステム

ライフコースを横断する行動(対策)

レビューにとって中心にあるのはライフコースを見渡す視点である。人生の不遇は誕生以前に始まり、人生を通して蓄積する、それは図5に示すとおりである。健康の不平等を軽減する行動は誕生以前から始まり子ども時代に続くものでなければならない。そうした時にのみ人生初期の恵まれなさと人生を通じての貧困という結果の間の密接な関連を断ち切ることができる。それが2010年に生まれた子供たちに寄せる私たちの大望である。この理由で、すべての子どもに最良の人生にスタートを与えること(政策目標A)は最も優先度の高い勧告なのである。

ところで、すでに学齢や労働年齢、それ以上に達している人々の生命や健康を改善するためにできることもたくさんある。それは次のセクションにあるエビデンスによって示されている。健康や幸福や高齢者の自立を促進するサービスは、そうすることによって同時に、より強力な施設ケアの必要性を予防したり遅延させたりするが、健康の不平等を改善するのに相当な貢献がある。たとえば「高齢者のためのパートーナーシップ」プロジェクトは健康の平等を改善するためのコストを下げることが証明されている。

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政策目標A 

すべての子どもに最良の人生のスタートを与えること

優先目標

1 身体的・情緒的健康と、認知的・言語的・社会的能力の早期発達の不平等を軽減する。

2 社会的勾配を横断しての妊婦への質の高いサービス、育児の訓練、養育と必要に応じた早期教育の確立

3 社会的勾配を横断しての若年者の回復力と幸福の建設

政策的勧告

1 子ども時代に割り当てられる総支出の割合を増やそう、そして子ども時代の発達への支出が社会的勾配を横断して次第に焦点を絞られていくことを確実にしよう。

2 子ども時代早期の発達の漸進的な改善が達成されるよう家族を支援しよう、それには以下のことが含まれている:

①妊娠や乳児期の悪い結果を軽減する産前産後への介入に優先性を与えること

②健康的生活に必要な最低限の所得を備えた1年間の有給育児休暇を与えること

③育児の教育プログラム、子どもセンターとキーワーカーを通じて日常支援を家庭に与えよう、それは家庭への援助を介して社会的必要を満たすものである。

④就学期への移行のための発達プログラム

3 社会的勾配を横断して早期教育と養育の質を釣り合いのとれた形で提供しよう。個の提供は以下のようでなければならない:

①恵まれない家族の中から子どもの受給率を増やすための援助と組みあわせること

②評価の定まったモデルの基礎に基づいて提供し質の標準に合わせよう

(解説)

「もしあなたがひとり親で、外に出ることもほとんどなければ、あなたは本当に誰にも会わないことになる」 このレビューのため引き受けられた定性的な研究の参加者から引用。この研究はハクニー(ロンドン)、バーミンガム、マンチェスターに住む特定のグループの中での健康的な生活に対する障害物(バリア)を探究したものである。附録1とwww.ucl.ac.uk/gheg/marmotreview を見よ。このサマリーの残りの引用もこの研究からのものである。

子ども時代早期の発達における不平等

すべての子どもに人生の最も良いスタートを与えることは全人生過程にわたって健康の不公平を軽減する上で決定的に重要である。人間の成長 ―身体的、知的、感情的な― の事実上のあらゆる局面の基礎は子ども時代の早期に築かれる。この早期の数年間に(子宮の中から始まる)は健康と幸福の多くの局面で生涯にわたる影響を与える ―それは肥満、心臓疾患、メンタルヘルスから教育達成度と経済状態までに及ぶ。健康の不平等に影響を及ぼすために、私たちは子どものポジティブな早期経験のチャンスにおける社会勾配に着目して解決する必要がある。後期の介入も重要ではあるが、良好な早期の基礎が欠如している場合は効果はかなり低下する。

図6に示すように22月で認知能力スコアが低くても高い社会経済的地位のなかで成長すれば10歳になるころに相対的スコアが改善する。逆に低い社会経済的地位の家庭で成長すれば、22月齢でスコアの高かった子どもの相対的地位も、10歳になるころは悪化してしまう。


子ども時代早期の発達における不平等を軽減するためになにができるか?

子ども時代早期に対して政府の強い関与が続けられてきた。幅広い政策指導力を通じての立法措置にはSure Start や「健康な子どもプログラム」がある。この姿勢をを長期間維持することが肝心である。さらにライフサイクル中における子ども時代早期(すなわち5歳以下の子ども)への支出を確固としたものにすること、かつ効果的であることが証明された介入にもっと多くの投資をすることに、より大きな優先順位が与えられなければならない。

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政策目標B

すべての子ども、青年および成人が彼らの潜在能力を最大化し彼らの生活を自らコントロールできるようにしよう

優先目標

1職業訓練や資格における社会勾配を軽減すること

2 子どもや青年における健康・幸福・回復力の社会勾配を軽減するため、学校、家庭、コミュニティがパートナーシップをもって行動することを確実にすること

3 社会勾配を横断して良質の生涯教育の利用機会と利用そのものを改善する

政策的勧告

1 生徒の教育結果における社会的不平等の軽減を引き続き優先事項にすることを確実にしよう

2 職業訓練における社会的不平等の軽減を優先化しよう。それは以下の方法による:

①家庭やコミュニティを支援する学校の役割を拡大し教育に「子ども全体」アプローチを取り入れること

②拡大された学校のアプローチに「フル・サービス」を一貫して備えること

③学校―家庭の境界を横断して働くうえでの技能を建設するために、学校に基盤を置く作業力を開発すること。

そして社会的で情緒的な発達、身体と精神の健康と幸福にとりかかること。

3 社会的勾配を横断して良質の生涯学習の利用機会と利用自体を増やそう:それは以下の方法による

①16歳から25歳の人のための職業訓練と雇用機会について、利用しやすい援助とアドバイスを提供すること

②若年者や仕事や職業を変えた人のための見習い期間など、労働を基盤にした学習を提供すること

③人生の経路を横断して職業的ではない生涯学習の利用可能性を増やすこと

(解説)

今日、教育もなければ仕事もないというのであれば、本当に不安なことだ。もしあなたの子どもたちがいい教育を受けていないのなら、彼らに何が待ち受けているかわからない

(研究対象グループの参加者からの引用)

教育と職業訓練における不平等
学歴における不平等は、所得、雇用、生活の質と同様に身体的・精神的な健康に影響する。社会経済的地位学歴の等級づけされた相関はひきつづく雇用と所得と生活水準、生活習慣、身体的・精神的健康に有意な予想通りの影響をもっている(図7)
スタート時点の公平(=機会の平等)を達成するためには、子ども時代早期への投資が肝心である。しかし、社会勾配を横断して不平等の軽減を維持するためには教育期間を通しての小児、青年への継続的配慮が求められる。このことに対する中心になるのは認知的、非認知的技能の獲得である。それは学歴や、良い雇用、所得、身体的・精神的健康などからなるほかの要因の結果にも深く関連している。
教育の成功には多くの利点をもたらす。もし私たちが社会的、健康的不平等のけいげんについて真剣であるなら、私たちは社会的勾配を横断して学歴の改善に焦点を当て続けなければならない。
教育と職業訓練における不平等を軽減するために何がなされうるか?
学歴の不平等は健康の不平等と同様に持続しており、同様に社会的勾配の影響下にある。何十もの政策が教育の機会の平等化を目標としたにもかかわらず、到達点は格差を残している。健康の不平等と同じく、教育の不平等の軽減は学歴の社会的決定要因とのあいだの相互作用の理解と関係がある。学歴の社会的要因には家庭的背景、地区や学校の中で起こるのと同様な仲間との関係などを含んでいる。実際に教育的な到達に影響を与える最も重要な要因についてのエビデンスは、最も影響を与えるのは学校ではなく、家庭だということを示している。学校と家庭とコミュニティとの間の緊密な連携が求められる。
子ども時代の早期に投資すること、したがって早期の認知的、非認知的発達と子どもの就準備の改善は、よりのちの学歴に対して決定的に重要である。学校については、資格を得るのと同じに子どもや青年が生活や労働の技能を発達させることができることが重要である。
それを達成するためには学校と家庭と地域コミュニティの緊密な連携が重要なステップである。学校の中と周辺でのサービスの拡大の発展が重要である。しかし教員、非教員スタッフが家庭-学校境界を横断して働くための技能を発展させるためや、子どもや青年のより幅広い生活技能を発達させるためには、もっと多くのことが必要である。
16歳で学校を離れる人たちにとって、職業訓練、人間関係のマネージメント、物品の誤用へのアドバイス、借金の仕方、教育の継続、住宅への関心、妊娠、育児の形式で、引き続きのサポートが肝心である。こうしたトレーニングやサポートは、とくにこの年齢層のグループのために企画されて発展させられるべきだし、すべてのコミュニティに備えられるべきである。
我々のビジョンに向かう中心には社会的勾配を横断しての人々の潜在能力の完全な発達がある。教育の達成と同様に、生活技能や労働の準備なしには、青年は彼らの可能性を満たすことができないし、生き生きと生活し自らの生活をコントロールすることもできないのである。

20ページ

政策目標C

すべての人のための公正な雇用と良好な労働を創造しよう

優先目標

1 社会的勾配を横断して良好な労働に就く機会を改善し、長期間の失業を軽減しよう。

2 労働市場で不遇な人たちが仕事を入手し維持することをより容易にしよう。

3 社会的勾配を横断して労働の質を改善しよう。

政策的勧告

1 長期間の失業を軽減するためのタイムリーな介入を達成するために活発な労働市場プログラムの優先順位を上げよう。

2 社会的勾配を横断して労働の質を改善するために、勇気づけ、動機づけ、適当な場所では、手段提供を実施しよう。それは以下の方法による。

①公共セクター、民間セクターの雇い主が平等の手引きと法律を守ることを確実にすること

②労働におけるストレスマネージメントと幸福の効果的促進と身体的精神的健康のガイドラインを設定すること

3 雇用のより大きな安定と弾力性を伸ばそう。それは以下の方法による:

①退職年齢の弾力性を大きくすることの優先順位を上げること。

②一人親、介護者、精神的・身体的に問題を抱えた人のためふさわしい仕事を創造したり、採用したりするために、雇用主を勇気づけ、動機づけること。

(解説)私が関心ある唯一のことは私の子どもの将来のこと、若い世代の機会のなさ、雇用の欠如 ―それはとても気持ちをくじけさせる。

(研究対象グループの参加者)

労働と雇用の不平等

良い雇用は健康を守る。逆に、失業は健康悪化の原因になる。だから、人々を仕事に就かせることは健康の不平等を軽減する上で決定的に重要である。しかし、仕事は継続的でなければならないし、最低限の質は保障されなければならない、単に人間らしい生活ができる賃金が得られるというだけでなく、仕事の中で人間的に成長する機会があることが求められるし、また健康に打撃を与える悪い労働環境からの防御も求められる。

(解説)私が関心ある唯一のことは私の子どもの将来のこと、若い世代の機会のなさ、雇用の欠如 ―それはとても気持ちをくじけさせる。

(研究対象グループの参加者)

労働と雇用の不平等

良い雇用は健康を守る。逆に、失業は健康悪化の原因になる。だから、人々を仕事に就かせることは健康の不平等を軽減する上で決定的に重要である。しかし、仕事は継続的でなければならないし、最低限の質は保障されなければならない、単に人間らしい生活ができる賃金が得られるというだけでなく、仕事の中で人間的に成長する機会があることが求められるし、また健康に打撃を与える悪い労働環境からの防御も求められる。

 雇用のパターンは社会勾配を反映もするし増強もする、そして労働市場での幸運に近づけるかどうかには深刻な不平等が存在する。失業率は資格や技能をほとんど持たない人たち、障害や精神障害のある人たち、ケアの責任を負っている人たち、一人親、民族的少数派出身者、高齢労働者、そして特に若年者の中で最も高い。働いている場合でも、同じグループが、最も賃金が低く、ほとんど向上の幸運のない質の低い仕事につきやすく、しばしば健康を害する条件の中で働いている。多くの人は、安い賃金、質の悪い仕事、失業のサイクルの中に陥れられているのである。

英国において1980年代初期の期間に起こった劇的な失業の増加は、失業と健康の間にある関連についての研究を刺激した。図8は1980年代初めに失業を経験した人たちの、その後の死亡率の社会勾配を示す。それぞれの職業階層に対して、失業群は雇用群に比べてより高い死亡率となっている。

 不安定で不良な質の雇用もまた身体的・精神的な健康悪化のリスク増大に関連する。労働におけるその人の状態と、そこでその人たちが持っているコントロール(自律)と援助の間には、格付けされた関連がある。これらの要因は、ひるがえって言えば、生物学的影響力があり、健康不良のリスク増大に関連している。

 身体的精神的健康にとって労働は良い ―そして失業は悪い、しかし労働の質も重要な働きをする。人々を利益から切り離し低賃金で不安定で、かつ健康破壊的な仕事に追いやることは望みうる選択肢ではない。

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政策目標D

すべての人にとっての健康的な生活水準を確立しよう

優先目標

1 すべての年齢の人々に健康的な生活のための最低限の所得を保障しよう

2 累進課税とその他の財政政策を通じて、生活水準における社会的勾配を軽減しよう

3 失業手当と仕事の間をさまよっている人びとの崖っぷちの苦しさを軽くしよう

政策的勧告

1 健康的な生活のための最低限所得水準を開発し備えよう。

2 就業と失業を繰り返す崖っぷちの人々をなくし、雇用の弾力性を軽減しよう。

3 健康的な生活水準を保障する最低所得と、生活向上に向かって動く経路を提供するために、課税、給付、年金、税金控除のシステムを再検討し準備しよう。

(解説)

「私は二人の子どもを抱えて働くことがなければもっと楽に暮らせるはずだ。もし働かなければ、もっとお金があったかもしれない。」

(研究対象グループの参加者)

所得における不平等

健康的な生活に導くのに足りる金がないことは高度に有意に健康の不平等の原因である。

 社会がより豊かになれば、十分と考えられる所得と生活資源のレベルも上がる。健康的な生活のための最低限所得(MIHL)は適正な栄養、身体の活動度、居住、社会的つきあい、移動、医療ケアと衛生に必要な所得などを含む。イングランドにおいては健康的な生活のための最低限所得と、多くの人たちが受け取っている公的給付=生活保護給付との間にギャップがある。

 子どもの貧困に立ち向かうため政府によってなされる重要なステップにもかかわらず、英国の貧困人口の割合は頑固に高率のままである。EU平均より上にあり、フランス、ドイツ、オランダ、北欧諸国より悪い。雇用政策が助けているが、英国の給付システムは不十分のままである。

図9は直接税と間接税の双方を考慮に入れれば、英国の税制は低所得者に不利なものであることを示している。低所得者にとっての直接税率の低さの利点は間接税の影響で台無しにされている。低所得者は間接税を伴う商品により大きな比率でお金を払っている。結果として、税金全体で見れば、そのまま消費されてしまう所得の割合は、5分位の最も低い層で、最も高い。

所得における不平等を軽減するために何がなされうるのか?

公的給付=生活保護給付はもっとも状態の悪い層の所得を増やす。1998年以来税金控除は50万人の子どもを貧困から救いあげた。給付金システムが、仕事に就くことに対して意欲を殺ぐものとして働かないことが肝要である。英国の200万人を超える労働者が、税金や減らされた給付金のために、どれだけ稼ぎが増えてもその半分以上を失う立場にいる。ざっと16万人の労働者は余計に稼いだ1ポンドから10ペンス以下しか手元に残らない(1ポンド=100ペンス≒170円)。一人親は労働やより多額を稼ぐことへの刺激が最も弱くなる方向へ顔が向く、というのは彼らの多くが、稼ぎが増えると税金控除がなくなったり、給付金に資産調査が行われる対象になったり、なると心配しているからである。

 現在の税金と給付金システムは、所得の低い人々にとってはたrくきをおこさせるものになるように、そしてより単純な者になるように、家庭にとってもっと確実なものであるように徹底的な点検が必要である。政府は、所得を再分配し、経済を損なうことなしに貧困を減少させるためにもっと多くのことをなすべきである。それは仕事に就き、低い賃金を増やそうということに気持ちが向かない人々にたいして税金総額をカットしてやることによるのである。もっと累進課税を強化することが必要だし、それは人間の所得を構成する直接あるいは間接の所得全体をとらえて行うものである。

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政策目標E

健康で持続可能な場所とコミュニティを創造し発展させよう

優先目標

1 一般的政策を気候変動と健康の不平等の規模と影響を軽減するように発展させよう

2 コミュニティ・キャピタルを改善し、社会的勾配を横断して社会的孤立を減らそう

政策的勧告

1 健康の不平等を軽減し、気候変動を緩和する政策と介入の優先順位を上げよう。それは以下のことによる:

①社会勾配を横断して、活発な旅行ができるように改善すること

②社会的勾配を横断して、良質で開放的な緑の多い空間を利用できる可能性を改善すること

③社会的勾配を横断して、地域での食品環境を改善すること

④社会勾配を横断して、居住のエネルギー効率を改善すること

2 地域的の開発され、エビデンスにも立脚したコミュニティ再生プログラムを支援しよう。そのプログラムとは

①コミュニティの参加と行動のための障害をなくそう

②社会的孤立を減らそう

解説

あんたは貧乏を見つけることができるだろう。あんたのすべきことのすべては外を見ることだ。それがあんたが毎日直面していることだ―どこもかしこもゴミだらけ、ネズミとゴミ、ゴミの山だ。あんたのまわりの人々は生きている意味がないみたいだ。私はときどきカーテンを閉めたままにしておく。あんたには何かなすべき目標は与えられていない。

(研究対象グループの参加者)
コミュニティと地区における不平等

コミュニティは身体的・精神的健康と幸福のために重要である。コミュニティの身体的・社会的特性、それが可能にし促進する健康的生活習慣の程度、これらすべてが健康の社会的への不平等に寄与する。しかし、「健康的な」コミュニティの特性には明確な社会勾配がある(図10)。

人々はそれに関わりたい、それを助けようと思っている、ボランティアをしたいと思っている、役割を果たすために教育を受けたがっている。そしてそれは成長していくし、おれは人々がコミュニティの外からそうするのではなくて、コミュニティの内側からそうしてほしいと思う、というのはそれはおれたちのためだから。おれたちがそれを世話しているんだ。

(研究対象グループの参加者)

コミュニティにおける不平等を軽減するために何がなされうるか?

ソーシャルキャピタルは個人と個人の結びつきを表現する:すなわちコミュニティ内のまたコミュニティ間において人々を結びつけ連結する結びつきである。それは回復力の源を提供し、健康不良リスクに対する緩衝剤である。身体的・精神的幸福に対して必須である社会的サポートを通じてのことであり、人々が経済的あるいはそのほかの物質的困難を通り抜けて仕事を見つけたり得たりするのを助けるネットワークを通じてのことである。コミュニティのなかでの人々の参加の程度と、そのことがもたらす彼らの生活へのコントロールの増加はかれらの精神的社会的幸福に貢献する可能性を持ち、結果として、そのほかの健康成績にも貢献する。

地方レベルでソーシャル・キャピタルを築くために、政策がもっとも影響を受ける人のものになることと、彼らの経験によって形成されることの双方を確実にすることが、真に必要である。

より健康的でより持続可能なコミュニティを築くことは、これまでと違った風に投資することの選択に関わる。たとえば、「建築と建築環境委員会」は、新しい道路の建設のための予算は、違った風に使われれば、それぞれ1000万ポンド(1億7千万円)の初期資本コストのもとに1000個の新しい公園を作ることができるかもしれない ―イングランドの地方自治体にそれぞれ2個づつ―ということを推計する。1000個の新しい公園は7万4000トンの炭素を節約する。10ヘクタールの公園に2000本の木があることを前提にしてのことである。

健康不平等を軽減するために私たちが刊行する多くのこと ―活発に体を動かす旅行(たとえば歩いたりサイクリングしたり)、公共輸送、エネルギー効率の高い住宅、緑の空間を利用できること、健康な食事、、炭素を燃やすことによる汚染を減らすこと― は持続可能性についての課題にも益することが多いだろう。

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図10 好ましくない環境に住む人口ー地域の貧富差別に

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政策目標F

健康不良予防の役割と影響の強化

優先項目

1 健康の不平等に最も強く関連した条件の予防と早期発見の優先順位を上げよう。

2 社会勾配を横断しての健康不良予防のために、長期間で維持し続けられる財政支援をもっと活用出来るようにしよう。

政策勧告

1 社会的勾配を軽減するため政府各部門を横断して、健康不良の予防と健康促進への投資の優先順位を上げよう。

2 健康不良への社会的勾配を横断して効果的な予防的介入の、エビデンスに裏付けられた施策を設置しよう。それは以下の方法による:

①医療での薬物治療計画の量と質を増大し改善すること

②社会的勾配の軽減に向かって禁煙計画や節酒のような公衆衛生的介入に焦点を当てること

③社会的勾配を横断して肥満の原因を解決する施策を改善すること

3勾配を横断して比率よく健康の社会的決定要因に関連した介入に向かう公衆衛生部門の核となる努力に焦点を当てよう


慢性疾患の進展に重要なキーとなる健康習慣の多くは社会勾配に従う:喫煙、肥満、身体活動の欠如、不健康な栄養。図11には肥満に関する例が示されている。私たちの勧告の5個の政策領域のそれぞれは疾患の発生率における社会的勾配を予防することに的を置いている。付け加えれば、健康の不平等を軽減することは、これらの健康習慣にこそ焦点を当てることが求められているのである。

人生早期の数年に投資することの重要性はその後の人生での健康不良を予防する上での鍵である。すなわち、健康的な学校や健康的な雇用が、もっと伝統的な薬物治療や禁煙プログラムのような健康不良の予防法と同じくらいに、鍵なのである。一人の子どもが受け取る経験の蓄積が、彼らが成人したときに達する結果と選択を形成するのである。

健康不良の予防は伝統的にNHSの責任だったが、私たちは健康の社会的決定要因の文脈に予防を置く。だから、私たちの勧告の全ては利害関係者全体の積極的関与を求めるのである。学校において、職場において、家庭において、政府サービスにおいてなされ地方的、また国家的な意思決定は、すべてが健康不良の予防を助けたり妨げたりする可能性を持っている。

現、NHS財源のわずかに4%しか予防に使われていない。しかし、プライマリケアと地方自治体と第3セクターとの間のパートナーシップ(協力関係)は、いまでも効果的で全般的でかつ的をしぼった予防的介入を実施するために作用しているのだが、それがもっと重要な利益をもたらすというエビデンスが示されている。

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図11 10歳から11歳の子どもにおける95%パーセンタイルを超える肥満の頻度、地域別、貧富の5分位別、2007/2008

どの地域でも例外なく5分位の順に沿って貧困者のほうに肥満が多い。



28ページ

実施システム

最良のエビデンスに裏付けられ、最も注意深くデザインされて十分に資源もある介入方法をもってしても、、地方での実施システムが働かなければ、国の政策は健康の不平等を軽減しないだろう。私たちが作成した勧告は、地方でのパートナーシップと、国の縦横に切り結ぶ政策の双方を必要とする。

中央での方向付け、地方での実施

行動への責任はどこに存在するのか?疑いもなく、中央、州、地方各政府の全てが実行の要の役割を持っているのである。私たちがこの レビューを伝えるとき、イングランドのノースウエスト州とロンドンとの間にパートーナーシップを形成し;両州はその戦略と行動の中心に健康の不平等の軽減を置こうと模索していた。それらはいくつかの別の地方政府、プライマリケアトラスト、第3セクター機構によって結びつけられるだろう。

討論は私たちに、地方の実践者は詳細な個別の勧告よりも行動の原則を求めていつということを教えてくれた。地方は、健康の不平等を軽減させるための地方に適したプランを発展させることに自由をふるいたいことを示唆した。このレビューで私たちが作った政策提案は、健康不平等を軽減するという介入のエビデンスを提供することと、正確にどのように政策が発展し実行されるかについての詳細な処方箋なしに今後の旅の方向を指し示すことである。同様に、レビューは指標の国家的なフレームワークを提案した。そのフレームワークはその中で地方が、自分たちの地域のなかでの地方の活動の改善をモニターするために必要な指標を発展させるものである。

個々人とコミュニティの能力向上

個々人の責任は、行動は中央的か地方的のいずれであるべきかという疑問に関連しており、しばしば政府の責任とならべて論じられる。このレビューは個々人とコミュニティの能力向上を、健康の不平等を軽減するための行動の中心に据える。しかし、個々人の能力向上は社会的行動を必要とする。私たちのビジョンは個々人が彼ら自身の生活をコントロールするための条件を創造するものである。あるコミュニティにとっては、これは参加へのバリアを除去することを意味しているだろうし、別のコミュニティにとっては個人とコミュニティの開発を通じて能力と潜在能力を誘導し発展させることを意味するだろう。

「地方の戦略的パートナーシップ」にコミュニティを結びつけるためには地域レベル、地区レベル双方において もっとシステマティックなアプローチが必要である。それは日常的で短い相談という程度を超えて、個々人やコミュニティが問題を明確にしてコミュニティとしての解決を開発することのできる効果的な参加にまで動きながらのことである。このような参加や、個々人やコミュニティへの権限の移動がなければ健康の不平等への効果的な影響が必要とする介入の貫徹の達成は困難である。

寿命と健康寿命における不平等を改善し軽減するためと社会勾配を横断して子どもの発達と社会参加をモニターするために、戦略的な政策は、意図された戦略的方向を援助する若干数の野心に満ちた目標によって支えられなけばならない。

社会勾配を横断する国の健康成績目標

ごく近い将来の国の目標が以下のことをカバーするよう提案する:

①平均寿命(人生の長さを捕捉するために)

②健康寿命(平均寿命の質を捕捉するために)

いつか、いい生き方(幸福)の指標が開発され、それが大規模実施にふさわしいのであれば、それは健康平等に関する第3の国の目標になるべきである。


社会勾配を横断しての子どもの発達のための国の目標

国の目標は以下のことをカバーするよう提案する:

①就学への準備(人生早期の発達の捕捉のため)

②教育、雇用、職業訓練を受けていない青年(就学期間における能力開発と義務教育卒業者が人生にたいして持つコントロール力を捕捉するため)

社会参加のための国の目標

税金と給付金を合わせたあとの所得が健康な生活に十分な家庭の割合を漸進的に増やすことを国の目標にすることを提案する。

全国的、地方的なリーダーシップが、健康の不平等の底にある社会的原因への気づきを促進し、NHS、地方政府、第3セクター、民間セクターを横断しての介入の規模拡大についての理解を築き、本流の財源を使う強さを維持する。介入はエビデンスに基づく評価枠組みを持ち健康影響評価を行うべきである。このことが実施機関が効果的な介入を形成するのを助け、他の健康分配に関する政策を理解するのを助け、個々人の生活習慣やライフスタイルに焦点をあわせるようなスケールの小さな施策に漂流していくのを妨げるだろう。

結論

社会正義は人間の生死に関わるものである。それは人々の生き方、結果的な病気になりやすさ、早く死ぬ危険に影響する。

これはWHOの健康の社会的決定要因委員会の主張である。その委員会のものは全地球的課題であり、私たちは全員容易に貧しい国に生きている人々の経験する健康の不平等を認識できる。その人たちにとっては絶対的貧困が日々のリアリティなのだ。

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 多くの人々にとってここイングランドにおいて深刻な健康の不平等が存在することを受け入れるのはより難しいことである。私たちは極めて価値の高いNHSをもち、この国の人口の全体的な健康は過去50年大きく改善してきた。しかしなお、ロンドンの最も富裕な部分、ケンジントンとチェルシーの行政区では男性平均寿命が88歳にいたるのに、そこから数キロメートル離れたトッテンハム・グリーン、首都のより貧しい行政区、では男性平均寿命は71歳である。劇的な健康不平等はいまだすべての地域を横断してイングランドの健康の主要な特徴のままである。

 しかし、健康の不平等は避けられないものではないし、十分に軽減しうるものである。それは社会の不平等から生じるものである。社会の不平等とは所得、教育、雇用、地区の環境の不平等である。誕生以前から存在する不平等は、人生のコース全体を通じて蓄積していく健康の低下とその他の結果のための舞台を用意する。

 このレビューの中心的主張は避けられる健康の不平等は複製でありそれらを正すことは社会正義に関わる事柄だということである。なかに私たちの勧告は受け入れられないという人もあるだろう。とくに現在流行中の経済学の風潮の中にいる人においてである。私たちは、逆に受け入れられないことは 行動しないことであると発言する、というのはそれが人間と経済にとってあまりにも高くつくからである。今日の子どもの健康と幸福は、私たちがこれまでと異なるように物事を処理する挑戦を始めるための、持続性と幸福を経済成長の前に置いてもっと平等で公正な社会をもたらすための、勇気と想像力を持つかどうかにかかっているのだ。

(終わり)

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