« 早川和雄「居住福祉」岩波新書1997・・・「方丈記」との遠い響き合いを堀田善衛が指摘している | トップページ | 6.11新宿脱原発デモで El Pueblo Unido jamas sera vencido邦題「不屈の民」が響いているのを聞いて僕は何を思い出したか »

2011年7月 1日 (金)

中村伸一「自宅で大往生」中公新書2010

民医連の仕事で在宅医療について考え続けているので読んだ一冊。

福井県名田庄村の診療所に20年勤める自治医大卒の医師がその経験をまとめたもの。

僕も初期研修2年を終えてすぐ新設の田舎の診療所長になったので親近感を持って読んだ。

メモすべきところは2か所。

103ページ。「地域医療」は日本、「家庭医療」は北米、「総合医療」は欧州由来と類似した概念を区別している。プライマリ・ケアはどれにも共通している中立系だとも。その整理は単純で分かりやすく、含意に富んでいる。

159ページ。家で亡くなっていく患者は最後の数か月人生を凝縮させたかのようなその人らしい生き方を見せる、それは「家」という魔法のおかげだ、家はアイデンティティの拠り所だと述べている所も卓見である。

僕も、病院で終末期を送る人は個性を発揮することが難しいと考える。人は「家」という条件の中で初めて終末期にも個性を貫くことができる、と言ってもよい。(もちろん例外はある。)

住まいと人格は深いところでつながっている。住まいという土台がないと人格や人権は成立できないのだ。だから「方丈記」の中であれほど鴨長明は「棲みか」にこだわり続けたし(堀田善衛の指摘による)、現代では早川和男が「居住福祉」を唱え続けているのだろう。

国際人権規約が、居住を基本的人権の基礎に位置づけていることに、みんなもっと思いを凝らすべきなのだ。

そうすれば、東日本大震災の被災者の、持家にしろ、民間の借家にしろ、公共住宅にしろ居住の再建を積極的に援助せず、いつまでも避難所や仮設住宅に住まわせておくことがどんなに人権侵害にあたるのかが分かるだろう。

|

« 早川和雄「居住福祉」岩波新書1997・・・「方丈記」との遠い響き合いを堀田善衛が指摘している | トップページ | 6.11新宿脱原発デモで El Pueblo Unido jamas sera vencido邦題「不屈の民」が響いているのを聞いて僕は何を思い出したか »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 中村伸一「自宅で大往生」中公新書2010:

« 早川和雄「居住福祉」岩波新書1997・・・「方丈記」との遠い響き合いを堀田善衛が指摘している | トップページ | 6.11新宿脱原発デモで El Pueblo Unido jamas sera vencido邦題「不屈の民」が響いているのを聞いて僕は何を思い出したか »