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2011年4月 8日 (金)

4月7日深夜の大きな余震 と フェースブック

4月7日深夜の大きな余震から二つのことを考えた。

一つは、ある程度落ち着いてきたところに生じた被災者のダメージである。これは、一時的にしろ、ほとんど再建への闘志を奪ってしまうようなものではなかったか。直ちに強力な支援が必要だろう。

もう一つは支援者を送り出している事業者側としての問題である。業務上の支援としているので支援作業中の負傷なら労災にできるだろうが、支援地で睡眠をとっているときの負傷はすんなりと労災にならないだろう。ならば傷害保険を事業所責任で設けておく必要があった。また突発事故に際しての、家族などへの緊急連絡リストも不十分だった。さらに、支援中の深夜に震度6強、停電、断水を経験しながら周囲に仲間がいない人たちの不安へのすばやい対処も決め事としてはなかった。

素人がする遠距離からの小規模な支援構築のために、どこかに手引きがほしいところである。

そんなことを考えながらTVを見て、その一方加わったばかりのfacebookを眺めていたのだが、そこでも気づいたことがある。

僕たちの法人経営上の意見の対立で去った人の写真が載っていて、彼にも友達のリクエストをした。承諾の返事が間もなく来たが、ある部門が赤字を出し続けることを不都合だなどと考える必要がなかったら彼と対立することなぞ本来ありえなかった、と思うと急に胸を衝かれた。資本を廃絶するために運動しながら、その運動の拠点確保のため資本の論理に従わざるをえないのは、僕たちが悪いのだろうか?どうしたら、ここで自己憐憫におちいらず、合理的にふるまえるものか。

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コメント

資本主義体制下の協同組合運動のかかえるアポリアは本当に難しいですね! 消費生協は78年のいわゆる「福武所感」以後、すっかり抵抗運動の旗を降ろしたようにみえますが、医療生協はその轍を踏まずにがんばってほしいです。

投稿: Tetu Makino | 2011年4月 9日 (土) 00時37分

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