犯人を取り調べる検事のような医者になってしまっていた・・・穴があったら入りたい話
全身倦怠感で救急搬入された70歳台女性が救急室の中で突然呼吸困難を生じて入院し、私が主治医となった。
突然の呼吸困難の原因をあれこれ考え、結局は深部静脈血栓から肺塞栓を起こしたと診断して、入院中に血液凝固阻止剤ワーファリン投与を開始した。
退院後の外来通院中、ワーファリンの効果を見る指標であるPT-INR(正常人は1.治療後の目標は2-3)は1.5前後で安定していた。これでも血栓形成の指標であるD-ダイマーは弱陽性で危険はまだ除去されていない感じだった。
ところがある日、腰が痛いと言ってやってきた。
整形外科で局注をしてもらったのこと。
だが、よく聞くと痛いのは臀部で、見せてもらうと、右側のお尻が左の2倍くらいになって青黒くなっていた。
これは大量の皮下出血だ。
転んだの?と訊いたがそんなことはないという。
そこにPT-INRが8を超えているという情報が届く。
今すぐ吐血したり、脳出血を起こしてもおかしくない数字だ。
これくらいになると下肢の血栓は完全に消えているらしくD-ダイマーは初めて0になっていた。
ワーファリンを飲みすぎたのではないかとしつこく尋ねた。
「1日1回のところを3回にしたのでは?」
「いや、そんなことは」
「でもそれしか考えられないのだけど」
何度も訊かれるうちに、ご本人も「そうだったような気がする・・・
早く治りたいからたくさん服用したのだと思う」
と言われ始めた。
ほとんど特捜検事の誘導尋問である。
実はそのとき、大学病院に救急搬送しなければならない心筋梗塞の患者さんの紹介状を大急ぎで書いていたので、ともかく結論を急いだのだった。
これで一件落着だと思い、入院して、ワーファリンの拮抗剤であるケーツー*を注射し始めた。翌日にはPT-INRは1.6になった。
お尻もだんだん小さくなって1週間後に退院された。
(*ケーツーはすなわちビタミンK製剤で、これを注射するとワーファリンのビタミンKを阻害して血液を凝固させなくする効果をなくしてしまう。ちなみに、ビタミンKのKはドイツ語で凝固を意味するKoagulationの頭文字で、各種ビタミン中で唯一意味を持つ記号である)
「あなたはきちんと飲めないかもしれないからワーファリンは中止するね」ということにした。
それから1か月して、退院後の初めての外来。
D-ダイマー陽性で、やっぱり肺塞栓が怖い。
「ワーファリンを処方したいなぁ」
と思いながらカルテをめくっていると、大変な記事に気がついた。
腰が痛いと言って受診される1週間前、腸炎で受診してレボフロキサシンLVFXが処方されている。
ああ、そうだった!!!!
レボフロキサシンLVFXはワーファリンの作用を増強させるのではないか?薬剤師のダブルチェックでも見逃されているがありそうな話だ。
すぐ、薬局を通じてメーカーに問い合わせると、すでに相当数の事例が集積されて、注意喚起されているということだった。実は能書にもすでに記載されている。
レボフロキサシンLVFXとワーファリンの併用で出血傾向が跳ね上がったのはほぼ間違いがない。
「ご本人の理解力が無いのでワーファリンは出せない」なんてひどい話を家族の人にも言ってしまっている。
どうこの患者さんに謝ったらいいのだろう?
結局正直に全部話して、ワーファリンを再処方したのだった。
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