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2011年3月 4日 (金)

古民家改造のグループホームに往診

合併して同じ市にはなったものの、隣の町のさらに隣の町の里山の麓にある、古民家を改造したグループホームに往診に出かけた。

車で片道40分。道中は満開の梅をあちこちに見ながらのドライブ。

ほとんど「となりのトトロ」に等しい風景の中に一軒の大きい農家があり、入口の看板を見ないと、そこがグループホームだとは気付かない。

幹線道路から田んぼにはさまれたエントランスの道に入り、玄関を開けて中に入ると、かっては囲炉裏があったとしてもおかしくない居間に老人が3人いて、職員が3人何か書類を作っている。

僕が往診するために来た人は、その奥の和室にベッドを置いて過ごしている。今日は特別穏やかだということだった。

おそらく、この年代の老人には生まれながらの家にいると錯覚させるものがあるに違いない。

広い縁側には、外を眺めながら座れるように喫茶店風の長机としゃれた椅子がしつらえてある。これをみると、半分は料理屋、半分はグループホームとして使えそうだと思う。そんな店に客が来るかどうかは保障できない。

僕が往診に来なければ、梅見に出かけようかと思っていたんです、と職員の人が言う。

せっかくの楽しみを邪魔して、僕のほうが早春の郊外を楽しんでしまった2時間だった。もちろん経営的には持ち出しにしかならないが、それでいいだろう。

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