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2011年2月15日 (火)

鳩山前首相「方便」発言について

2月13日沖縄タイムスのインタビュ―において、「在沖縄海兵隊の抑止力」を辺野古移転の理由として挙げたことは「方便」だったと鳩山前首相が述べたことが、TVや新聞の攻撃の的になっている。

沖縄タイムスの報道は以下のようなものである。(抜粋)

【東京】鳩山由紀夫前首相は12日までに沖縄タイムス社のインタビューに応じ、米軍普天間飛行場の移設をめぐる政権時の取り組みや対米交渉の全容を語った。移設先を名護市辺野古と決めた理由に挙げた在沖海兵隊の抑止力について「辺野古に戻らざるを得ない苦しい中で理屈付けしなければならず、考えあぐねて『抑止力』という言葉を使った。方便と言われれば方便だった」と弁明し、抑止力論は「後付け」の説明だったことを明らかにした。 さらに「海兵隊自身に抑止力があるわけではない」と語った。 10年5月の大型連休に渡米しオバマ米大統領との直接交渉を検討していたとし、実現できなかったことを「後悔している」と振り返った。 09年の衆院選で「最低でも県外」と掲げたことについては「民主党の沖縄ビジョンに書かれていることを言った。順序立てた見通しがあったというより『しなければならない』という使命感だった」と述べ、戦略性が欠如していたことを認めた。結果的に実現できなかったことには「詰めの甘さがあった。申し訳なく思っている」と陳謝した。

さらに13日の朝日新聞によると

「外務省、防衛省に自分のアイデアを一笑に付して相手にしないところがあった」「相手は米国だった。最初から私自身が乗り込んでいき、これしかないと押し込んでいくべきだった」

とも語っている。

失敗学としては誠実な振り返りが貫かれていると私は思う。まっとうな志がどのようにして折られたかがよくわかるではないか。

これを迷走だの、「迷惑」だのと言っている連中は、

「沖縄の中に無法にも米軍基地がある」のでなく「沖縄という生まれながらの米軍基地のなかに先住民が住みこんでいる」と考えている人間だけである。

こういう人間にこそ、政治やマスメディアから直ちに消えてなくなってほしいと思う。

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コメント

大友宗麟の後遺症で、江戸時代から東京政府に冷遇された大分県出身者として何となく分かります。
米軍基地予定地として、別府市は基本的に空襲から外されました。別府・ゆふいんでの米軍のトラブル(「大男暴れる」です。)は当時の大分合同新聞を丹念に見ればわかります。私は民青在籍中、県委員長の母親が元湯布院町議だったので、スクラップでみました。
米軍撤退後も、別府は関西からの団体旅行客を相手にしていたのに対し、ひなびた温泉だった由布院は風俗を一切拒否しました。1975年ごろから「女性が行ける温泉」と人気を得るようになりました。
今、書けるのはこれだけです。

投稿: 豊後各駅停車 | 2011年2月20日 (日) 15時33分

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