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2011年2月 4日 (金)

療養生活の世話のなかに臨床倫理を打ち立てることは医師の業務でもある

看護師の業務は法律(保助看法)で、「療養の世話」と、「医師の診療の補助」だと定められている。

特に前者を含んだことが巧みな規定だと思う。

また、精神科医・.中井久夫先生は、精神科にこそ医療の本当の骨格が典型的に現れており、そこでは医師と看護師の役割はきわめて近いと述べている。

となると、医師の業務も、これまで信じられてきたように診療だけではなく、診療と「療養の世話」の2者だといっていいようである。

病棟でも高齢者が多くなって、急性期のみは医師が活躍するが、慢性期になりどうやって退院するかという段階になるとほとんど医師の出番はなくなる。ときおり、その段階でも指導性を発揮する医師がいて、そういう医師には敬意を感じる。僕などは、退院の経路は自然発生的な偶然で決まるとしか思えないでこれまでやってきたからである。

これからは、療養の世話にもしっかり絡んでいかなければならないのだろう。

実は、臨床倫理の問題のたいていは、療養の世話の中にあるのである。

ここに医師が療養の世話に積極的に関与しなければならない大きな理由があるといってよい。

というのは、僕が在宅医療の観察を始めて違和感を感じていることが、現時点で療養の世話の領域で語られる倫理があまりにも洗練されていないことだからである。

いわば、井戸端会議がそのままカンファレンスに移動してきているような感じ。QOLだの、ADLだのという言葉は飛び交うが、深く発言者自身のものになっておらず、話す人が商業的な、あるいは職業団体の講習会で習ったことがそれぞれの我流になって定着しているものと思える。

それに付き合うことは苦痛であるが、療養の世話に当たる時間は発言者のほうが独占して僕にはないので、我慢して聞いているというところである。

介護場面での倫理検討が浅い理由についての僕の推測を、非難を恐れずに思い切って言うと、それは療養の世話に当たる人たちの教養の不足、教育期間の短さによるものだろう。

療養の世話は生活そのものだから、生活者の感覚に連続して当然といえば当然だが、ゴミの分別の不十分さや嫁姑問題について朝の路上で口汚く隣人を非難しながらおしゃべりを続ける町内会感覚、すなわちダミ声の大きい人があたりを圧倒するような倫理がそのまま、カンファレンスに流れ込んできているということである。

では、教養があり、教育期間も長い医師は十分療養の世話の倫理を理論化しているかといえば、これは逃避しているのである。それは家庭医学を専門にしようとしている人たちの議論をメーリングリストで読んでも、中身の大半は生物学的医学上の問題であることからも裏付けられる。彼らは患者の貧苦に満ちた生活は忘れて、大学・大病院とは違う中小病院・診療所というフィールドを見つけて喜んでいるだけのようだ。わけもなく「面白い、面白い」といいながら。

療養の世話の倫理を論理化している専門家はいる。東大の上野千鶴子さんを代表とする研究者たちである。彼らの書く文章は僕の目には結構触れる。だが、それは、実際に地域で療養の世話の前線にいる人たちには到底届いていない。

いってみれば、「療養の世話・介護における岩波文化と講談社文化」(古!)という分裂なのである。

感心するのは、それを埋めようとして会話を続けている医師の存在である。彼らこそ、診療と療養の世話の間に橋を掛け、療養の世話の中にある文化の分裂を解消しようとしている。聞かなければならないのは彼らの声である。

(そして、もうひとつ聞かなければならないのは、外部から療養の世話を観察している研究者の声ではなく、療養の世話をしている民衆の中から出現している指導者の声である。それは療養の世話を事業として成功している人、または押しの強さでリーダーになりあがった人のダミ声でなく、もっと静かに語る声だろう。)

療養の世話を医師の業務の半分だと認識して始まる医師の仕事はこれからの大きな課題である。それに通じるにはやはり、診療のための学習に費やすのと同じだけの時間をこれに使わないといけない。

考えてみると、医薬品も医療機器も乏しいキューバの医師たちは、その領域の活躍でキューバの国民の健康を飛躍的に改善させたのである。

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