「多くの病院の看護部長は2交代のメリットを力説するが、自分で夜勤に入ることはない。これは徴兵制を推進する高齢政治家と同じだ」:小林美希「看護崩壊」アスキー・メディアワークス、2011
世の中に治療できない病気・病人はいくらでもあるが、看護できない病気・病人はいない、という趣旨のことを書いたのは精神科医の中井久夫さん(「看護のための精神医学」第2版医学書院)だった。
それをもっと現代の医療・看護制度にひきつけて詳しく展開して見せたのが毎日新聞社「エコノミスト」編集者だった小林美希のこの新書である。
看護師の業務は法律で「療養上の世話」と「診療の補助」とされているが、すべての医療行為は、看護師の療養上の世話の上に浮いている船のようなものである。
医師の診療がなくても、看護師の療養上の世話があるだけで改善していく人も多い。
ところが、医師と看護師その他からなる「チーム医療の推進に関する検討会」(厚生労働省)は、突然に診療の補助を高度のレベルで行う「特定看護師」制度創設の議論をはじめ、これが医師不足、看護師不足解消の特効薬であるような議論にすり替えて行った。
それは看護師を序列化し内部分裂を招き、看護という仕事全体を診療補助に特化させて。療養上の世話を無資格者と家族に担わせる安上がりの医療に導くという最悪の構想である。
医師や看護師を抜本的に増やさなければ、日本の医療はよくならない。医師不足は相当国民の認識になりつつあるが、実は、看護師不足はその比ではない位に深刻だ。
看護師不足を放置するとき、団塊世代が一斉に後期高齢者になり、死亡者も1.6倍になる2025年に向かって確実に日本の医療は崩壊する。
そういう事態を前に厚生労働省も日本看護協会も小手先の術策を弄するべきではない。そもそも「7対1」特別入院基本料も看護師夜勤の規制緩和も、日米経済界と大手病院経営者の要請に従ったものである。ここに至って日本看護協会がさらに「5対1」入院基本料を提唱するのは、TPPで賃金の安い外国人看護師を大量導入し底辺の看護を彼らに任せればそれでいいと考えているとしか思えず、まさに「亡国」「売国」の主張としか言いようがない。
著者は、看護師不足をさまざまの視点から論じた後、日本医労連(16.5万)、自治労(12.1万)、自治労連(2万)、全日本民医連、日本看護協会(63万)、連合ヘルスケア労協(0.78万)、日赤労連(0.6万)がこれまでのいきさつを捨てて大同団結することをん願っている。もちろん日本医師会もこれに加わるだろう。
民主党も自民党も反国民政党だとはっきり分かった今、これらの政治勢力にするよることなく、医療者自身が自ら鮮明な政治方針を持つべきだということが全体からよく浮かびあってくる。
「国民のための医療党」を作りたいくらいである。
それはともかくとして、現在の医療全体、看護の在り方を学びたい人にうってつけの本である。
少しほめすぎたかと思うので、「繰り返しも多く、あまり読みやすくはない」、とだけ言っておこう。
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