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2010年12月 2日 (木)

ジョン・ロールズ「正義論」川本隆史ほか訳、紀伊国屋書店2010…序文から発見がたくさんある  「新しい福祉国家」の「新しい」の別の意味

川本隆史さんのライフワークのような大著の新訳である。読み終えるのはずっと先になるに決まっているので、読む端から感想を書いておくことにした。

序文は二つある。

①一つは1990年の改訂版への序文である。ここで〈福祉国家〉と(財産所有のデモクラシー〉が対比されているところが私の興味を引いた。

〈福祉国家〉は所得の再分配により最低限の生存を確保するかもしれないが富の不平等を許容する可能性があり、それとは対照的に〈財産所有のデモクラシー〉は社会的に必要な生産手段の共有を前提にし〔福祉国家が目指すような最低限度の生活保障でなく〕互恵性もしくは相互性の原理なのだ、とロールズは言っている。

*〔福祉国家が目指すような最低限度の生活保障でなく〕は川本さんの書き込みなのだが、これ自体がとても喚起力のあるフレーズだった。

この議論は憲法25条が生存権を保障するのか、健康権を保障するのかという議論と軌を一にする、と私には思える。生存権だと主張するとき、最低限という言葉に引きずられて、現時点で望みうる最高レベルが保障されなければならない健康の意義を見失う結果、格差を容認する可能性が生じるのは、うえの〈福祉国家〉論に似ているのではないか。

現時点で、生活保護で受けられる医療が、(歯科を除けば)最高水準の医療を保障しているので、健康の平等は、医療という狭い範囲で一部のみ達成されてとは言えるのだが、医療から健康へ視野が拡大することを、生存権という言葉が妨げる可能性がある。すべての人に最高水準の健康を保障しようとすると、社会疫学の成果から証明されるように平等が社会生活あらゆる方面で徹底されなくてはならないから、富の不平等とは両立できなくなる。それは格差を許容しがちな生存権という言葉で表現するのは無理だからである。

そして、富の不平等を許容する人々の最後の砦は生得的に存在する、あるいは後天的に出来上がった「能力の不平等」は解消不能だという主張であるが、これまで何度も議論してきたように能力こそ社会的な共同性に裏付けられたもので、能力の不平等による処遇の差は否定されなければならないし、さらには能力形成過程の不平等も是正されるべきである。

そこを抑えたうえで、私は憲法25条が保障しているのは生存権でなく健康権であり、そう読めば格差が容認されないことになるというふうに考えている。やや長くなったが、〈福祉国家〉と〈財産所有のデモクラシー〉の対比に対するロールズの言及と、生存権・健康権の対比に対する私の印象が近似していることに気づく。

ただし〈財産所有のデモクラシー〉による生産手段の共有は、公共的なものに限定されているようなので、ヴェブレンや宇沢弘文たちの「制度主義」(社会共通資本の重視)に近いものなのだろう。マルクス主義的な社会主義ではない。

ところで、渡辺 治氏や後藤道夫氏たちの唱える「新しい福祉国家」論と上の〈福祉国家〉との関係をついでに考えてみると、前者の「新しい」は、ただ非軍事的だというだけでなく、格差を容認しない、あるいは徹底的に平等主義だということになるのだろう。

②もう一つの序文は1971年の初版のもので、ここでこの本の狙いが簡潔に記されている。

道徳哲学で優勢な功利主義は、実はその主張者たちの別の目的のために編み出されたものに過ぎないとロールズは言う。

別の、あるいは本来の目的が資本家が興隆し支配階級として固定化するためだったことは明らかだと私には思える。道徳哲学がそれでいいわけがない。

そこでロールズはそれに対抗するものとして、ロック、ルソー、カントの系譜からなる社会契約論を発展させて功利主義よりも優れている道徳哲学を打ち建てようとする。結果としてきわめてカント的なものとなった、と。

そうか、やはりカントを知っておかなければいけないのか。社会契約論は社会の成員全員が平等でなければ成り立たないことも大事だ、とここで私は思う。

なお、この序文にはA.センへの謝辞もある。ノージックも感謝されている。

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