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2010年12月19日 (日)

久しぶりの休日:加藤さんの生き方・・・加藤周一「鴎外・茂吉・杢太郎」1995、森 鴎外「妄想」1911・・・文化的多元主義を認めながら、同時にそれぞれの中にある(共通する)普遍的な価値を見つけ出す

今日は、出張から帰って久しぶりの休日だった。

午前中は、山口民医連の研究発表集会が、山口大学医学部の教室を借りて開かれたのに出席した。数年前までは自分で懸命に企画を考えてようやく成立したと思っていたこの集会が、自分の手を離れてもそれなりに出来上がっていることや、自分の県連のことは何でも知っていたはずなのにいつの間にか知らない努力や成果がたくさんあるのに、驚きもしたり安心もしたりする。

午後からはゆっくり勉強しようと思っていたが、つい平凡社「加藤周一著作集」最後の配刊となった第18巻の「鴎外・茂吉・杢太郎」のほうを読んでしまう。

加藤さんが出演した1995年のNHK教育の「人間大学」は毎回熱心に見たつもりだったし、NHKの薄いテキストも読んでいたが、何だか初めて読むような気がする。

ついでにこの文章中で加藤さんが鴎外の書いた文章の中でもっとも重要なものの一つだという「妄想」1911を、ネット上の「青空文庫」http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/683_23194.htmlで読んだ。

結論として加藤さんがこの文章の最後で言っていることを僕なりに言いかえると以下のようになる。

鴎外・茂吉・杢太郎はいずれも科学的なものの考え方と文学的なものの考え方のバランスをとるのに成功した人たちである。

そのバランスの問題は今でもとても重要だ。

というのは、今は文化的多元主義の時代になっていて、価値の相対主義の傾向に強く向かっているが、それはどの価値も信じないということにつながり、それが社会の運営や人の生きていくことを難しくしているからだ。

文化的多元主義を認めながら、同時にそれぞれの中にある(共通する)普遍的な価値を見つけ出してこなくてはならない。これがバランスという問題だ。

鴎外・茂吉・杢太郎はそれぞれの方法でそれに成功したように見えるが、この問題に答えを出したわけではない。したがって、その答えを求めようとする者にとって、三人は今でも生きている。

こんなことをかいている側で、3日間も出張している間に肺炎が悪くなったり、高カリウムになったり、謎の病状が実は原発性副腎不全だったのではないか、という患者さんたちのたくさんの問題が僕を待っている。医者が出張すること自体が悪いというように。

文学と医学と政治の作る三角形のバランスをめざして、僕もそろそろ勉強しなくては・・・。

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コメント

科学と文学のバランスということでいえば、C.P.スノウが講演「二つの文化と科学革命」を行ったのが1959年ですから、それからでも50年経つのに、事態は良くなるどころか、例の「サイエンスウォーズ」でますますこじれています。しかし情況は、もっと総合的な知的能力を身につけなければ生き残れないところへと、人類を追い込んでいます。加藤周一先生のような「知の巨人」でも、結局のところ、科学を捨てて文学に就いたと云えるのではないでしょうか?

投稿: Tetu Makino | 2010年12月20日 (月) 16時05分

牧野様

コメントありがとうございました。

確かに加藤さんは、鴎外・茂吉・杢太郎のように最後まで医学にしがみつくということはなく、医学は途中でさっさとやめた人でした。

これには戦争直後の日本の自発的、かつ盲従的米軍協力だった広島調査参加体験がどこで作用したのではないかと思います。

下関市立大学での講演で「加藤さんにとって広島原爆調査は何だったのか」と質問した時の彼の苦渋に満ちた答え方からそう感じています。

加藤さんのバランスは医学と文学の間にあったのではなく、また日本と西洋の間にあったのでもなく、もっと幅広い文化的多元主義の状況の中にあったのではないでしょうか。

すなわち、科学と文学のバランス自体は加藤氏にはそれほど意味のあるものでなく、価値観の違うものの間のバランスというより抽象的問題への興味から、鴎外・茂吉・杢太郎が取り上げられているのだと思えます。

私など、地を這いつつそれでも声を上げようとするものには、医療学と文芸と政治のバランスが極めて低い次元で必要となるのですが。

投稿: 野田浩夫 | 2010年12月20日 (月) 17時22分

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