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2010年10月18日 (月)

「高齢者医療実践ハンドブック」 普及セミナー:偶然の悲嘆ケアをどう組織するか

長い題名だが、要するに民医連で作った「高齢者医療実践ハンドブック」という冊子を、作成に関与しなかったにもかかわらず普及する仕事を与えられて私は苦労している、しかし苦労が報われる場面もあるという話である。

10月16日東京・代々木で普及セミナーの第一回目を開いた。 講師には名古屋大医学部附属病院卒後臨床研修・キャリア形成支援センター副センター長 (特任助教)の平川 仁尚 (ひらかわ よしひさ)という卒後17年目の若い先生を迎えた。

岐阜大学の藤崎和彦先生や、藤田保健衛生大学の山中・スマイリー・克郎先生などを典型に、天性の教育者という人は確かにこの世にいて、その人たちは難しいことを上手に面白く教えることができる。平川先生もその例外ではない。そして、そういう人たちはどうも名古屋近辺に集中しているようである。

その片鱗はhttp://hirakawa-lab.org/index.htmlで見ることができる。このページから学ぶことは多い。特に、新卒医師を獲得することを仕事にしている人は隅々まで読んでおくとよい。

話の中で考えさせられたのは、自分の外来に慢性疾患で定期的に受診している患者さんの配偶者が自分の知らないうちによその病院で死亡し、患者さんがある日の外来で突然に「配偶者の死亡後眠れない日が続いている」という話を始めた時の、こちらの心がけの話である。

自分が主治医で看取った人の家族に配慮することを悲嘆ケアといって、近年とくに重視されている。お葬式に行ったり、それを避けて別の日にお焼香にいって家族と話すなどを実践している医師は割とあるものである。

それとは別に、看取った医師はどこか知らないところにいて、家族の悲嘆ケアが突然こちらに回ってくることもごく普通にある。配偶者の主治医はお焼香に来たかもしれないが、患者はその場はお礼など言ってやり過ごして別の病院で睡眠薬を貰いながらひそかに耐えているのである。

ただし、問題は睡眠薬を処方する医師が、その時がまさに悲嘆ケアを必要とする場面だと気付かないことが多いことである。「分かりました。睡眠薬を上げましょう」で終わるのではだめなので、「何を思い出すと眠れなくなるのか」などと聞いて、共感を示すとともに、トラウマになっているエピソードがないか探らなければならない。

これを「偶然の悲嘆ケア」と名付けよう。もっとも、配偶者の死亡を知らないで慢性疾患治療をしているだなんて、家庭医療学をやっている人からみれば、それは論外!ということになるのだろうが。

どの医師も「偶然の悲嘆ケアができること」、これを地域医療の小テーマに、これが今日の第一の結論である。

もう一つは、平川先生がやっている、青年医師を地域医療に赴かせる動機づけの仕事のコツである。

それは地域が丸ごとその医師を歓迎する経験を青年医師に与えることである。

地域に出かけて(住民や若い職員から)「先生ってすごいね」、(先輩医師から)「おめぇ、できるやつだなぁ」などという声を医学生や青年医師がシャワーのように浴びせられる経験を積み重ねると、その地域に行ってもいいかなと彼らは思い始めるのである。

ともかく、医学生や青年医師の経験のいびつさは目を覆うべきものがある。外国には何度も遊びに行ったことがあって発展途上国や北欧の医療のありかたにいっぱしの口がきけても、日本の山村の生活や、大都市の一人暮らし老人の生活のなかにある困難、また病気の高齢者が家で死んで行くあり様には全く無知なのである。

平川氏は名古屋大学の卒業生相手にそういう体験を組織しているのである。

三重県伊賀市を舞台に、猟師が撃ってきた猪を使って、地元の医師に縫合を教えてもらったあと、地域の家庭でその猪を食べるという「猪塾」というものもあるそうである。地元の外科医には「あんた、縫合の天才だよ」と感嘆してみせる役割が振られているに違いない。

ただ、猪肉がいつも食べられるから、伊賀の病院に行こうなんて思うかどうかは確実ではない。

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