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2010年7月23日 (金)

TKG

7月22日 猛暑の中を岡山に会議のため出かけた。その会議は2回目で、テーマは病院における医療安全である。

新幹線に乗る前、この前のように新山口駅前の食堂で昼食をとることにした。

カウンターに座り、覚えていた「週変わり」という言葉を使って、昼の定食を注文した。若いサラリーマン向けの、山盛りのフライ、冷たいうどん、ご飯という栄養学的には相当問題の多い代物である。それを、若いサラリーマンであるような気持ちで平らげていると、カウンターの一番端の壁際の席の交代がやけに早いのに気づいた。

その席に座る人の注文を聞き取ると次のようだった。

「TKG」 

「卵」

「TKGと肉じゃが」

TKGとは何か?とメニューを探すと「卵かけご飯」のことだった。「卵」と言ったのは「TKG」と発音するのに抵抗がある初老の人だったはずだ。

体の大きな青年がなんとなく壁際を向くようにしてTKGを食べて出て行くのを見ると、なんとなく落ち着かない気持ちになってきて、悠長に医療の安全など考えている時代ではないのではないかという気がしてきた。

TKGを昼食に食べることができるのはまだましなほう、という労働者の生活が、新山口駅の南側に最近広がってきたちゃちな新しい街にも蔓延しているのではないか、と思えたのである。

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