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2010年7月 5日 (月)

難しすぎて何を書いているのか分からない、自分について何か思い違いをしていないか?(+武満徹の歌ードミニク・ヴィスと石川セリを聴き比べると)  

・・・と、おそらく、私の父は言いたかったのだろう。

久しぶりに私のブログをみてほとんど関心を示さなかった。

確かにそうだ。どこからでも書きこみ読むことのできる便利さを活用した「ブログという形式をとった学習ノート」のつもりだから、人に分かりやすくするという工夫がほとんどなかった。

離れたところにいる父が読んでくれるということを少しは気にしよう。

ときどきは難しく、たいていは分かりやすく書いてみることにしよう。

ところで、最近2枚 CDを買った。

「加藤周一 幽霊と語る」というDVDを見て、その背景に流れていた、英語版の「死んだ男の残したものは」(武満 徹作曲、谷川俊太郎作詞)をきちんと聞きたくなって、「ドミニク・ヴィス 武満徹を歌う」を買ってみた。

それはそれで満足したのだったが、その中にあった、やはり武満 徹作曲、谷川俊太郎作詞「三月の歌」も気に入りながら、変な日本語発音だったので、それをきちんとした発音でうたっている「石川セリ 武満徹を歌う」も注文したのだった。

これもいい。その上「死んだ男」がボサノバのように演奏されていて、とても新鮮だ. 反戦歌のイメージは薄くなっているが、この人の代表作のような「八月の濡れた砂」は原爆を扱った曲だという説も目にしたりする。

と、そんなことを考えているうちに加藤周一さんのDVDの印象は薄れてしまって、その本当のメッセージがつかめないままでいる。

しかし、分かりやすいというより、支離滅裂に近い気もして・・・。

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