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2010年6月 6日 (日)

私たちは戦術を間違えていなかったか

鳩山前首相の批判には3類型ある。

一つは、できもしないことを軽々しく口にして自滅し、後継者に要らぬ負担を残したというものである。これは右からの攻撃。政治家の保身のための教訓のようなものである。

もう一つは、正しいことを提起し、みんなに夢を抱かせたのに、その性格の弱さから最後まで貫けなった、結局みんなを裏切ったというもの。いわば左からの攻撃であるが、個人の性格の弱さだとみている。

この両者がないまぜになったところにマスコミの議論はある。TVで話されることを聞いていて気持ちがもやもやするのはそのせいである。

しかし、もっとも参考になるのは第3の類型である。その代表は、6月3日の朝日新聞紙上の岡本行夫氏の発言。学ぶスピードは遅かったが海兵隊の抑止力の大切さを着実に身につけ、しだいに指導者らしくなっていたのに粘りが足りなかった。後継者の首相は、鳩山前首相がせっかく学んだものを活かしてほしい。

鳩山前首相の教師が岡本行夫氏だったことを証拠づけるような発言である。「いい生徒だったのに退学してしまって残念」と彼は言っているわけだ。

この発言を見て確信するのは、鳩山首相が転向した、あるいは変心したのは自発的なことでは決してなく、転向させられた、あるいは変心を強制されたということである。

忘れているなら思い出さないといけない。

民主党政権がスタートして間もなく2009年10月20日から21日にかけて、アメリカのゲーツ国防長官が来日して、岡田外相と、鳩山首相、北澤防衛相と相次いで会談した。この中でゲーツは在日米軍の再編計画について「オバマ政権も今の計画が最善のものだという結論に達した。日本政府も普天間基地の代替施設の建設などを着実に進めてほしい」と求めているのである。

岡本はこの線に沿ってアメリカが派遣した家庭教師だったわけである。

そこで、私が思うことだが、鳩山首相の心が折れた後、いくら10万人が「怒」の字を彼に突きつけても状況は変わらなかっただろうということである。それは、その集会が全く無意味ということではない。今後のことを考えると、むろん絶対必要なパフォーマンスであったが、情勢の好機をとらえるという攻勢的なものではなかった。行ってみれば後追い的な行動だった。

もし10万人が集まるとすれば、鳩山首相の心が折れないうちに、彼自身を呼んで激励の集会を開くべきだった。「約束したのだから守れ」、と突き放していうだけでなく、その姿勢をみんなで支えない限り転向は予防できなったはずだ。

あとから振り返れば歴史の好機の前髪は短いと言わざるをえない。

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