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2010年6月20日 (日)

九条の会講演会「井上ひさしさんの志を受け継いで」に行った

 6月19日、全日本民医連の理事会が終わるとただちに日比谷公会堂に行き、上記の催しに参加する予定だった。そのために1カ月以上前から会場費を支払って入場券を送ってもらっていた。ところが、その日はいつの間にか「高齢者医療委員会」なる会議が午後に予定されており、それを終えて新御茶ノ水駅から地下鉄千代田線に乗って日比谷駅に行き、そこで出口に迷って、会場に着いたのは午後3時を過ぎるころになっていた。

よくいろんな集会が開かれる場所であるにもかかわらず、日比谷公園や日比谷公会堂に行ったの実はこれが初めてだった。東京には良い公園がたくさんあると感心しながら古い公会堂に入ると、すでに会場は2000人の人でいっぱいだった。仕方なく通路に座り込んで澤地久枝さんの講演を聞いた。

澤地さんが井上さんの戯曲をよく読み、演劇もたくさん見ているのは当然だが「父と暮らせば」の最後のセリフ「おとったん、ありがとうありました」の「おとったん」は広島弁ではありえず、じつは井上さんの造語だったと断言したのには感心した。井上さんの言語感覚が、ありがちな「おとーちゃん」などをえらばせず、「おとったん」を使わせざるをえなかったのだ。

それから澤地さんが、生前の加藤周一氏をかしこすぎる怖い人とばかり感じて性的なものを感じることはなかったのに、死後加藤氏の作品を読み進めるうちに、実は男性としてとても魅力的ではなかったのかと気付き、友人にそれを話すと、いまさらそんなあたりまえのことを言ってと、呆れられた話も面白かった。また90歳過ぎた三木睦子さんに「生きているだけでありがたい」と「放言」するくだりも笑わせられた。

最後に小森陽一氏が出てきて、草の根のたくさんの九条の会が、お互いを意識しあって、連絡を取り合い、ネットワークを作ろうと訴えるのを聞いていると、政治の表層は、ふたたび新自由主義にもどり、悪くするとファシズムの方向に行きかねなくなっているが、本当のところは味方がこんなに増えているとはっきり思えてきて、胸が詰まるような気がしたのだった。

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