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2010年4月21日 (水)

医療観の変化と社会疫学

2009年11月12日、ある研修会で、「医療理念」について講義する機会を与えられた。医学部を卒業して34年目になって初めて、こんな大上段に振りかぶったテーマで話すことになった。

最初で最後の機会になるだろう。ある意味で、私の医療への遺言になるかもしれない・・・実は、それほどまでに思いつめたわけではなく、思いついたことを並べて話すだけという軽い気持ちで研修会場のある神奈川県三浦海岸駅に降りたった。

ここは大根の名所だと思いながら夜の畑の間を登って、「まほろば温泉」というとぼけたネーミングの研修所にたどり着いたのである。  

医療理念はここ数年大きく変貌を遂げている、というのが私の感じていることである。それは鋭く現在の世界情勢・日本情勢の変化に対応している。 

変化を直接推進しているのは、「健康の社会的決定要因」を探究する学問である「社会疫学」の急速な発展であるが、それは学問の内発的進歩というより、世界情勢の変化という外的要因によるところが決定的だった。

世界経済のグローバル化、それを追いかけての新自由主義思想の跳梁、それによる世界中での貧富の差の急速な拡大。それによる何億人という人々の健康悪化が著しかったため、人間の健康に責任を持とうとする人々は、まず健康の社会的格差が存在することを事実として提示し、それが社会経済格差の結果なのだという因果関係を疑いようもない形で証明して、それを根拠に社会経済格差の是正を求めなくてはならないという強い動機を持たざるをえなかったのである。

社会疫学の示すこの姿勢は、健康観、疾病観、医療観について強い影響を与えないではおかなかった。自らの医療活動や医療制度の改善の努力だけでは国民の健康を改善することはできない、より上流の社会的健康決定要因を解決することが求められるという認識が極めて明確になった。

以前から存在したそのような直観がようやく科学的根拠を得たとも言えるだろう。

言ってみれば、「直観的なヒューマニズムから科学的ヒューマニズム」への変化が、新自由主義に対抗する社会疫学を媒介にして生じたのである。私が、今回の講義で展開してみたかったのは、以上のような筋書きをもつ医療理念の発展の物語だった。

講義は2部にわけて 1は社会疫学と医療理念の関係、2は医療理念の二本の柱をなす医療観、疾病観・健康観それぞれの解説と相互の関連を述べた。

1:健康の社会的決定要因を重視することは決して新しいことではない。唐時代の書『備急千金要方』でも国を治す大医、人を治す中医、病を治す小医という極めて適切な表現があった。近世では19世紀ドイツの優れた病理学者ウイルヒョウにいまなお注目する人が多く、松岡健一「医学とエンゲルス」大月書店2009年と、スタンフォード大学神経学教授で野生ヒヒの研究が有名なサポルスキーRobert Sapolskyの「貧しい人はなぜ不健康なのか」日経サイエンス2006年3月号の論文を使って紹介した。

26歳のウイルヒョウは1848年に貧しい上部シュレージエン地方(当時はドイツ領、現在はポーランドの一部)の腸チフス流行を調査して「この病気の解決のため必要なことは、上部シュレージエンの150万人の貧困者に、薬ではなく無制限の民主主義、いいかえれば教育と自由と繁栄を与えることである」と結論した。 そこから敷衍される「医療はすべて政治であり、政治とは大規模な医療にほかならない」「医師は本来,貧しき者たちの弁護士だ」というウイルヒョウの言葉は今でも胸を打つものがある。19世紀に、科学的・民主的な健康観・疾病観はすでに相当の深みに達していたのである。

しかし、その直観が長期間の観察と膨大な文献の検討で科学的に裏付けられるには、1980年代以降のマイケル・マーモット(イギリス)たちを待たねばならなかった。 

マーモットたちによって、社会経済格差が健康破壊・発病の要因となる経路が明らかにされた。最下層の非熟練労働者が罹患するじん肺などでその経路が明確に認められるのは当然であるが、一見社会経済格差に無関係のように見える生活習慣病の中にも社会経済格差の影響は強く存在することが証明された。たとえば喫煙習慣による疾患は、喫煙以外には生活上の自由裁量をもちえない人に圧倒的に多くみられるのである。そして、物理的原因を除く疾患の3割程度は生活習慣によることも明らかとなったが、残り7割の疾患は、社会経済格差が、幼少期、社会的差別、社会的支援、雇用条件、失業、食料、薬物依存、交通などの領域での不利という具体的形態をとることにより長期的ストレスを生み、これが自律神経系、神経内分泌系、免疫系を介して発病につながっていくのだということが明らかにされた。すなわち、健康悪化、発病の大半に社会経済格差が原因となる経路が貫徹しているのである。

さらにマーモットは、社会正義と社会の公平さを測る尺度として、経済学者アマルティア・センが単に機会の平等や物質的な保障では十分な尺度と認めず、人が『何を持っているというより何ができるかのほうを重視する』すなわち「潜在能力」の有無を尺度として採用していることに賛同する。

そしてマーモットは潜在能力の中心に健康を置く。健康こそ社会正義や社会の公平の出発点だとするわけである。したがって、健康に社会経済的格差があるという事実自体が社会正義と社会の公正さが損なわれていることを意味し、ただちにその是正を要求する根拠となる。この考えは、正義論研究で有名なアメリカのジョン・ロールズとも結論的には一致するものであり、ハーバードの社会疫学グループは「ロールズ正義論」に基づいて『正義は健康に良い』と主張している。

言いかえれば、平等な社会でなければ人は健康に生きていけないのだから、人間の社会は平等になるように進化の道を歩んでいる(ウイルキンソン)というのが、社会疫学の結論となったのである。

2:医療理念の骨格には医療観と患者観・疾病観の二つの柱がある。

①「医療観」の中心は、「医療は患者・住民と医療従事者の共同の営みである」という認識である。 

一般に公刊されている書物、たとえば『自然と人間シリーズ8:人間にとって医学とは何か』新日本出版社1995年に記述されている医療の歴史から見ても、労働して生命を維持し、かつ生殖することと深く関わって、医療は人間社会に必須のかつ本質的に共同の性質を持つ営みであるとされている。

原始時代の医療の研究者として著名なヘンリー・ジゲリストは、原始時代の医療は極めて低い水準であったが、平等を基本として部族全体に関わる集団的な営みであったと述べている。階級社会になって医師と住民が分化 する。封建時代には 階級別に国王侍医と開業医と僧侶が医療を担った 。国民国家が出来上がる絶対主義時代となって軍事力・労働力維持を目的とする政策的医療が始まり、医師免許も国家が発行するようになった。資本主義時代には所有権が個人の労働力・身体にも確立し憲法で定められるようになって、一般人の医師利用が普通になり、患者の自己決定権という考え方が現れた。

これらを概観する医療史の上でも共同の営みの進行は必然的である。

医療者が存在しない未分化な医療、医療者が出現し支配者に従属する医療、医療者と市民が対等な契約関係に結ぶことで成立する医療 、それを超えてふたたび医療者と市民が協力し合う医療 が未来に向けて誕生しようとしているのである。民医連の医療観はその動きをとらえた極めて今日的なものであると言える。

今日の特徴は、多くの組織でとなえられる医療理念が次第に「共同のいとなみ」論に合流している所にある。よく知られている米国・欧州内科4学会共同の「新ミレニアムにおける医療プロフェッショナリズム:医師憲章」でも医師と患者の共同が強調されている。意外なものを一つ上げれば、米国JCAHO(日本の病院機能評価機構に相当)の「はっきり言おうよ(Speak out)運動」がある。患者が安全に不安を感じた時積極的に医療従事者に伝えることを奨励したものであり、医療安全の領域での共同のいとなみの一例が米国でも現実化したと言える。

しかし、「共同の営み」という医療論は、「医療とは何か」という問題の本質に迫るものではあるが、そのままでは現状の解釈に過ぎず、そこに安住していることは許されないように私には思われる。 解釈にすぎないものから、どう変革の方向へ乗り超えていくのかが今は問われているのである。

乗り超える方向は二つある。一つは「患者と共同する専門職」としての医師の専門性の深化の方向、もう一つは共同そのものの深化である。 前者は「『医療の質』の前進」と表現できるだろう。医療安全、医療倫理、臨床指標の評価などを臨床疫学に基づいて深めていくことである。そこでは共同は説明責任、患者参加の保障など医師・医療専門職のプロフェッショナルとしての能力(コンピテンシー)として表現される。

もう一つは社会疫学に基づく医療政策、健康政策の確定である。市民自らがそのための権限や能力を獲得し、融資を受け、資源を使って解決にあたる方向が立ち上げられるべきである。ここでは共同は市民のもつ潜在能力の開花として表現される。 これが「住み続けられるまちづくり」にほかならない。両者に共通することは、ともに科学的な根拠=エビデンスの確かさをめざすことである。

②患者観・疾病観は次の2点に集約される。①患者は生活し、労働する社会的存在だから生活と労働から疾病や患者をとらえなければならない、②患者は憲法25条の権利の主体者であり、主体者としての人権は保障されなければならない。

1で詳しく取り上げた「健康の社会的決定因子」を追求する社会疫学の成果、とりわけ2003年にWHO欧州事務局から発表された「ソリッド・ファクト」の10項目は「疾病や患者は生活と労働からとらえなければならない」というこの疾病観・患者観を膨大な事実で科学的に裏付けるものとなっている。

いまや貧困と格差こそが人々の健康を決定していることは世界の健康問題関係者の常識となっているといってよい。

「すべての人が等しく人間として尊重される社会」作りこそが健康問題関係者・医療従事者の最大の課題となっているのである。

すなわち、単に健康や疾患の社会的決定因子を確認するところにとどまらず、それに立脚した政策提案を患者を先頭にして私たちは現場から発信しなければならないということがこの患者観・疾病観から浮かび上がってくるのである。

③そこで医療観と 患者・疾病観の関係を整理してみると、両者は相まって進むのではあるが、主として疾病観・患者観が医療人の本質的な使命としての「誰もが平等に尊重される社会」像を導き出し、医療観がその使命実現のためのの道筋、主体者である患者・住民・医療従事者の進むべき方向を導き出していると言える。

そして、社会を変える大きな梃子としての憲法25条の再発見がその前提に据えられるのはいうまでもないが、憲法25条をいま医療観・患者観・疾病観から見直すとき、そこには「生存権にとどまらないで健康権へ」「新しい福祉国家やルールある経済社会の目標・尺度としての国民の健康」という新しいテーマが浮かび上がってくるのである。

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