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2010年4月12日 (月)

宿題に追われるのはやめて、深くものを考えよう

WHOの健康の社会的決定要因委員会最終報告2008と、2010年以降のイングランドの健康不平等の戦略的考察「マーモット・レビュー」2010のエグゼクティブ・サマリー、それぞれ40ページ、30ページを内部学習会用に訳し、オリジナルに似せて日本語版を私製したりしていると、精神的エネルギーを使い尽くしてしまったようである。慣れないことはするものではない、というところである。

ここ当分は、有期限の実用に供する文書類の作成からは遠ざかろうと思う。簡単にいうと「花鳥風月」に即した医学学習や文学の読書や視聴覚に徹してみたい。読んですぐに誰かに語るという、鵜飼いの鵜のようではない読書だから、それがむしろ実のある読書のように思える。

この間、読みたいと思って買いながら読まなかった本がたくさん残っている。それをなるべくゆっくり読む。今日はどこまで読むなどという目標とは離れて、なるべくゆっくり読む。ゆっくり読む途中に自分の心の霧の向こうに見えてくるものを注視してみる。

おそらく、世界はそうしなければ見えてこない。というより、そうして見えてくる世界を僕は忘れていたような気もする。

たとえば、旧友のA君が何十年も保存してくれていたのを最近送ってもらった、僕が高校生のころに書いた詩や創作の類もゆっくり読んでみる。今の自分から見て、どうしても湧いてくる恥ずかしさには目をつむって、あのころ自分が何を考えていたかを、ガムテープのように表面にからみついている当時の作家たちの雑然たる影響を払いのけながら見つけ出してみよう。

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