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2010年4月 2日 (金)

「三重の同心円」と社会疫学;山本安英「女優という仕事」岩波新書1992

女優の山本安英さんの「女優という仕事」岩波新書1992のなかでもっとも強く印象に残っているのは、「二重のマル」の話である。ただし、ずいぶん昔に読んだので、正確ではない。こういう表現ではなかったかもしれない。いま手元にその本がないので、記憶に頼って書いてみる。

劇場のどんな条件の悪い安い席にも台詞がきちんと届くことを考えて、山本さんは上演前の空っぽの劇場の舞台の上に立って発声してみる。そのとき、劇場を一つのマルだとしたら、劇場の外に広がるもう一つのマルを考える。それは、劇場に来たくても来れない人たちを包含するマルである。ここにも自分の声が届くようにと願って発声してみる。そうして初めて小さな劇場の隅々までようやく自分の思いを届けることが出来る。これを山本さんは二重の円と呼ぶ。

この話は病院にもそのまま当てはまる。

病院を訪れる全ての人に注意が行き届くようにすることは当然である。これは一番小さな円に相当する。

しかし病気になりながら病院に来れない人のことをいつも考えておかないと、地域の健康の守り手と自分を呼ぶことは出来ないだろう。これが外側の円に相当する。

この外側の円の中にいる人こそ、私たちの援助を最も必要としている人だからである。

これまで、この話を新入職員歓迎の挨拶に時々取り上げてきたのだが、この2年間、社会疫学を学ぶ中で、さらにもう一つ外側の円が必要で、そこにこそ国民の本当のニーズがあるのだと思えてきた。

それは、貧困、劣悪な成長環境と教育、ストレスに満ちた労働や失業、要するに社会の不公平・不平等のなかで健康と生命を失いつつある人々を包含する円である。

できれば、診療開始前の早い時間、誰もいない待合室に立って、この3重の同心円の隅々まで届くように心の中で挨拶して、仕事を始めたいものである。

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